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床が抜けそう

5年半の間、一軒家の一室を仕事場として使っていた。友人である映画監督の森元修一くんを誘い、さらに二人を募集して集め、4DKを4人で維持することにした。いわゆるシェアハウスである。28000円の風呂なしアパートを引き払い、一軒家の3階にある5畳フローリングに住み始めた。その頃、僕は今の妻とつきあい始め、結婚することになった。家に空きはない。しかし、妻とは一緒に住みたい。かといって僕が音頭をとってはじめたシェアハウスなので早々に脱退はできない。家庭とシェアハウスを維持する為、妻に神奈川県からシェアハウスのある中野まで引っ越してもらった。僕はシェアハウスを仕事場にして、そこから徒歩3分の2DKに妻と住み始めた。2007年3月のことだ。
その後、シェアハウスでは本を3冊書いた。書く為の資料をあれこれ買っているうちに蔵書はみるみる増えていく。本棚を積み上げたり、妻との2DKに分散したりしてしのいだ。突っ張り本棚は合計で5つ。数えたことはないが数千冊はあるはず。

3.11のときはこの突っ張り本棚のおかげで本棚はほとんど崩れなかった。最期の突っ張り本棚をくみ上げたのは地震の1時間ほど前だった。備えて良かった。

話を戻す。最近、仕事場にいても緊張感が保てなってきた。なぜだかはかどらないのだ。家のまわりを走ってみたり、コーヒーをたくさん飲んで集中しようとしてもダメ。そんな状態がここ数年ひどくなってきた。解決の為に2007年3月、高田馬場にある自習室と契約した。資格試験や受験生が勉強するなかに身を置き執筆に励むことにした。一ヶ月6−7000円とかなり安価だが、シェアハウスと自習室、両方を維持するのはもったいない。シェアハウスでは書けない体質になってしまったのだ。本を置いておくだけのためにシェアハウスを維持するのはもったいない。ってことでシェアハウスを解消し、このたびアパートに本をうつすことにした。

それが床が抜けそうな件の写真の部屋。4畳半。一月25000円。シェアハウスの一室が41000円だったから毎月かなりの節約である。しかし、荷物を運んでみて、後悔している。床が完全に埋まってしまったからだ。こ、こんなにせまいとは。。。だけど契約してしまった以上、後戻りはできない。

中には高価な本や手に入らない本もある。壁一面に並んだ背表紙を眺めながらアイディアをひねり出す、って行為は紙の本故にできること。所有欲も満たせる。しかし、借りてしまったアパートで、シェアハウス同様の本棚の組み方をしたら、最悪、床が抜けてしまうかもしれない。

床が抜ける不安となんで借りたんだろーって後悔が脳裏に渦巻いています。

新刊出ました

ニッポンの国境書影

7/15に新刊「ニッポンの国境」(光文社新書 530) が発売されました。初めての新書です。今までと違うのはルポと歴史的経緯の主従関係を逆転させたことです。

この本で僕が一番書きたかったこと。それは、戦後の日本はアメリカに隷属していて、領土問題は日米関係の接着剤として利用されてきた面がある、ということです。戦後、日本は高度経済成長を果たしましたが、逆に領土問題においては一向に解決は進みません。領土問題と経済成長はいわばコインの表と裏の関係のようなものなのかもしれません。

定価798円。

よろしくお願いします。

安いよ〜の店に初めて入ってみた。

 時計のバンド調整のため、初めて「安いよ〜安いよ〜」で有名なオンリーワンに入ってみた。店内はまるでゴミ貯め。ジャンク品が山積みになっている。これっ商品なのだろうか。気になって聞いてみた。
「商品はどうやって仕入れてるの?」
「全部タダね」
「前、安いよ〜の呼び込みっておばあちゃんだったはずだけど」
「よく覚えてるね〜。2年ぐらい前よく来てたお客さん」
「今のお姉さんは?」
「コンピュータで回転を速くした。今なら何でもできるね。ひゃっひゃっ」
 口を動かしつつも数分で調整終了。呼び込み通り630円だった。ベルトの留め金をペンチで何度かいじったのが気になるが、まあ大丈夫だろう。

 翌朝、時計をはめようとすると留め金がちぎれてどこかへ行ってる事に気がついた。「安いよ〜」のオンリーワンにペンチでいじられた部分が壊れて時計のバンドが止まらなくなったのだ。安かろう悪かろうだなあ、だけどこれって授業料みたいなものか、と思い、苛立ちながらも諦めることにした。次のように呼び込みを変更するべきじゃないだろうか。
「安いよ〜。安いよ〜。安いよ〜。時計の修理もやってます。630円。630円。ヘンにいじられて壊れます。いじられて壊れます」

昼近くになって、壊れた時計バンドを直しに駅から少し離れたところにある時計屋に入った。75才ぐらいの店主は「部品がない。注文した店で修理してもらって」と素っ気なくも正直な返事。時計のバンド調整はしてくれるという。くっそー。
 でもこの調子なら、他の時計屋に行ってもたぶん同じ事を言われるはずだろう。だったらすぐに使えた方が良い。
 ってわけで、もうどうにでもなれって感じで、再びオンリーワンへ。
「おにーさんがペンチでいじったから壊れたよ」とタンタンというと、「私一生懸命仕事してるね。無理に押すと壊れるね」と気色ばんで反論した。ケチを付けられてると思ったらしい。まあそうなんだが。
 とにかく直してくれって思ってたので黙って聞く。すると修理代のことに話しは移った。
「修理一生懸命やるね。この部分だけ千円、留め金交換で1500円。部品さがす。たぶんある。やります。時間ちょうだいね」
 30分後、店に戻るとなんとベルトごと交換となっていた。
「これベルトはホントは五千円。だけど2100円でいい。元のベルトこれゴミね。元のベルト、これ中国製。新しいベルトこれ日本製。だからいい」
 そーかお兄さんは3.11以後も日本製のほうがいいと認識してるのか。感心しつつも次のように突っ込んでみた。
「おにーさんも中国人でしょ」
 するとしみじみとしながらつぶやいた。
「だから私苦労した。わかる?」
 かわいそうになってきたので2100円を払って引き取った。確かになおってた。修理代は安い。しかし最初から年配者の時計店に行ってればもう少し安くすんだかもしれない。安くすんだのか高く付いたのかよくわからない。
 お兄さんは僕を騙そうとしているわけではない。一生懸命生きている根の良い男だってことは店を出ようとする僕に次のように言ったことで確信した。
「暑いでしょ。飴もらって行って」
 男が箱を空けるとニチャニチャの飴が入っていた。

23区西部の放射線量をはかる

本日売りの日刊ゲンダイに僕が調査に協力した記事が掲載されてます。本文は次の通りです。

[本紙が独自調査・第1弾]都内170カ所で放射線量を測ってみた http://t.co/tQozLa2

書いた原稿はコメントとしてしか採用されなかったので、以下ブログに掲載することにします。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 23区西部を測定した。太陽がたまにしか顔を出さず、たまに雨がぱらつく曇天。放射線量の数値は0.1マイクロSv/時〜0.16と全体的に低かった。以下、測定で気がついたことを記してみたい。
 電磁波の影響が心配な携帯電話の通信施設や変電所、ゴミが蓄積される清掃工場はそれぞれ特段高くはない。地形が特徴的な等々力渓谷は滝があるためか0.1と低かった。
 墓石はやや高い。材質の御影石は花崗岩なのでウランやトリウムが含まれているためだ。今回突出して高かったのは古い雨樋の下だった。計測地の雨樋はパイプが地面と接しておらず、雨水が流れた跡を示す砂が数センチの楕円状にかたまっていた。0.3以上で鳴るよう設定された警報音がその場所で今回、唯一鳴った。0.41だった。
 保育園、小学校という子どもが出入りする施設はガードが堅い。「管理職が不在」「教育委員会を通して下さい」と世田谷区では訪ねた二カ所とも取材依頼を拒否された。練馬区・中野区は園長・校長の個人的な裁量により許可が出た。「都のデータを信用するため調査しないというのが区の方針だが責任者として知っておきたい。『測って欲しい』という保護者からの要望も相次いでいます」。公的な調査の実施については区や施設の種類により態度がばらつき、足並みがそろっていない。
 施設を手入れしているかどうかで放射線量は如実に変わる。毎朝耕し夜にはシートで保護している保育園の砂場(地面)、そして校庭(空間)は0.1だったが保育園外の門(空間)は0.13、同外の公園の砂場(地面)は0.15であった。
 私の測定値と都の発表データでは数値にかなりの差がある。というのも都の測定値はビルの上で測っているからだ。事実、私が学校の三階屋上で測ると0.08(空間)、階段を下り校庭に出ると0.13(空間)と約1.6倍の数値を示した。

5/14 川口でトーク

5/14の16−18時川口駅前のメディアセブン(中央図書館の上です)で「ブラウジングトークセッション」をやります。「僕の見た日本の国境 -現場に行って見えてきたもの-」要は講演会。無料。内容を変更し国境よりも原発取材に時間を割くつもりです。http://bit.ly/eEsm8w

同調圧力

震災以来、こうすべきだという同調圧力がすごい。
しかもツイッターの普及によってそうした感情はあっという間にものすごい大きなパワーとなる。
こういうときこそ、受け流すことが精神の均衡を保つ為には大事なことなんだろう。

コメントを返す余裕は今の僕に、精神的にも時間的にもあいにく皆無です。

このブログは一応、そのまんまにしておきますが、しばらくは更新しません。すいません。
ツイッター上の文章はツイッターに、ブログの文章はブログに、返事を書いて下さい。
匿名発言に対しては返事をする気はありません。あしからず。

僕の体験した3.11震災とプロパガンダ

 午前中、仕事場の整理をしていた。いくつかの本棚に突っ張り棒を配置したりと一週間
前頃から部屋の地震対策を進めていたのだ。本をすべて収納し終わり作業終了。仕事場を
離れて昼ご飯を食べ一息ついた後、トイレに入ったところ、壁がゆっくりと左右に動い
た。

「地震か、いつもより大きいな。うん、念のため外に出ておくか」

 慌てることなく、靴を履き、外に出た。すると乗用車のタイヤが微妙に浮き上がった
り、電線がなわとびのようにぶらぶら揺れたりしているのが見えた。あたり一帯の様子は
あまりに現実離れしすぎてて、時化た海上を行く客船に乗っているのかと一瞬錯覚した。
恐怖感はまるでない。あたりの建物がどうなるか、自分のいる場所になにか倒れてこない
か、全神経を集中し観察していて、極めて冷静だった。非常事態ゆえに普段、使わないで
いる生存本能が突然発揮されたということなんだろうか。

 耐震策をしっかりやったおかげで仕事場は問題なし。揺れたことよりも耐震策をやって
てよかったという安堵感が僕を支配した。その日は仕事を中断し歩いて3分の自宅に戻っ
た。僕はともかく赤子を抱えた妻のことが怖がっていないか心配だったからだ。

 ダイニングでテレビをつけたことで僕の心境は変化する。町が津波にのみ込まれる場面
が目に飛び込んできたことがきっかけだった。止めどもなく流れる被災瞬間の映像、その
威力に言葉を失い、ただぼんやりと見入ってしまう。悲惨とかそういう感情はまるで浮か
んでこない。画面を見ているときの僕の顔は無表情だったのだろう。

 さらに夜、原発が爆発する映像をネット上で見た。何が何だか深刻さを受け止めらず、
思考は停止したまま戻らない。モンゴル在住の日本人の友人がすごく心配しているコメン
トを寄せてくれたりしたのに、根拠もなく「大丈夫でしょう」とのんきなコメントを返し
た。

 普段の僕ならなんでもまずは疑ってかかる。「大丈夫でしょう」だなんて言うはずがな
い。だが、このときの僕の心境はいつもと違っていた。思考停止した僕の頭にぼんやりと
浮かんできたのが、マスコミが流布するこの国の安全神話であった。国を揺るがすほどの
大災害やテロが起こると、検証する心の余裕などは簡単に吹き飛んでしまい、さらには、
普段すり込まれた情報が非常時に人の心を支配する。こうした心境は神戸の震災や地下鉄
サリン事件以来のことだ。

 ノンフィクションライターたる者、すぐに現場へ向かうべきなのだろう。まわりも当然
僕が行くものだと思っていたようで、翌日には先輩カメラマンに一緒に行かないかと誘わ
れたり、雑誌から現場取材のオファーがあったりした。

 しかし今のところ、すべて断っている。狼狽することなく、淡々と生活を送ること。自
分が今、取り組んでいる仕事に誠実に向き合うこと。こうしたことこそが大事だと思った
からだ。そういえど災害の全貌が明らかになるにつれ、気が気ではなくなってきた。行く
か行くべきでないか毎日逡巡している。ウクライナから放射能測定器(ガイガーカウンタ
ー)を取り寄せたり、なぜか防護服を買ったりして、かぶりつくようにして毎日、問題に
関心を寄せている。

集え 穴ーキスト(びろり、さんの案をいただきました)

12月半ばに「ニッポンの穴紀行」(光文社)という本を出しました。

出版を記念して、2/13夜、お台場でトークイベントをやります。

ニッポンの穴紀行出版記念!
『ニッポンの穴のぞき』

社会見学イベントの主催や建築写真の撮影など旺盛な活動ぶりがメディアで取り上げられることの多い有名人、ぴろり、さんこと小島健一さん

テリー植田(東京カルチャーカルチャー・プロデューサー)テリー植田さん

のお二人に司会・合いの手・質問なんかをお願いしています。

イベント内容は、基本的に「ニッポンの穴紀行」に沿った話題で、だらだらと、そしてゆったりと話すつもりです。本に載せられなかった写真なんかを出したり、軍艦島のトンネル内に描かれたアートのことや掲載してしまった心霊写真?のことなど裏話もします。

ぴろり、さんは軍艦島や釜石鉱山、黒部ダムに岩窟ホテルと、本書に出てくるスポットに入ったことがあるそうなので、補足映像なんかを持ってきてくれそうです。

イープラスでも前売り券の販売がはじまりました。こちら

ぜひぜひ足をお運びくださいませ。お待ちしています。
当日、本を売ります。持参していただいた分も含め、サインさせていただきます。

リンクを追加しました

4年前、小笠原取材の帰りの船で知り合った弁護士、(僕の勘違いでした。失礼いたしました)、法学・島嶼学・人類学を研究している研究者、山上博信さんのブログです。

くらしの悩み、なんくるないさ!

弁護士がいない辺境地域に出向き法律相談にのるという活動をなさっています。
僕なんかよりもずっと日本各地を飛び回っている行動派。
本を書く上で相談に乗ってもらったり、専門家を紹介してもらったり、
いつもお世話になりっぱなしです。
僕が敬愛してやまない山上さんです。

彼の免許証を見せてもらったら、なんと本籍が竹島でした。
後から移したそうです。

新刊「ニッポンの穴紀行」、12/16発売となります

約2年ぶりに新刊を出版します。
「ニッポンの穴紀行 近代史を彩る光と影」(光文社)です。

ã��ã��ã��ã��ã�³ã�®ç©´ç´�è¡�ã��ã�®æ�¸å½±ã��å�¬é��ã��ã�¾ã��ã��ã... on Twitpic

昨年、光文社のPR誌「本が好き」に1年のあいだ、連載していたシリーズを大幅に加筆修正しました。トンネル、地下空間など、日本全国に散らばる人工的な「穴」を12カ所訪れ、日本の近代化がもたらした光と影について考えてみる。そんな内容の紀行集です。連載を持ちかけられたときはもう少し軽いタッチの廃墟ものを志向していたのですが、なんだか重くなってしまいました。

軍艦島〜要塞のような廃墟、日韓トンネル〜新興宗教がもくろむ壮大な計画、狩勝隧道〜開拓のために捨てられた人と穴、黒部ダム〜高熱隧道とくろよん、諏訪之瀬島〜ヒッピーとヤマハ・皆既日食、人形峠〜ウラン鉱山、滋賀会館〜娯楽の殿堂とミスタータイガース、沖縄のガマ〜開発と基地・戦没者、国会図書館〜納本制度と電子化・検閲

地の文章は原形をとどめないぐらいに補強してあります。
328ページ。読み応えある読み物に仕上がりました。

12/16前後に書店に並ぶはずです。よろしくお願いします。

Appendix

プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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