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立松和平さんのこと

15年ほど前、ピースボートに乗った。
そのころの僕は会社を辞めたばかりの無職。
不安よりも希望に満ちあふれていた。

東京から東京まで。
西回り84日間で地球を一周した。

和平さんは水先案内人(ボランティアのゲスト)として、東京から乗船した。
そのころ彼はすでに有名な作家だった。

有名作家というからには身なりもちゃんとしているはずという固定概念がそれまでの僕にはあった。しかし和平さんの身なりは僕の思い込みを打ち砕いた。

だらしないジャージ姿。靴下は履かず、かかとでスニーカーを踏んづけて歩いていた。
髪は寝癖でセットされ、ほおや口の周りには無精ひげが浮かんでいる。
近寄るとむっとするような汗のにおい。

まるで新宿西口のホームレスのようにみすぼらしさだった。

船内で僕は、のなか悟空という人の付き人をしていた。
フリージャズドラマーの彼はアジアやアフリカ、そして南米をドラムセットを持って旅していた。キリマンジャロの山頂でドラムソロを叩くという空前絶後の、そして人によってはまるで理解不能なことを平気でやってのけるという、ある意味すごい人だ。
雷様と原始人がミキサーにかけられて出てきたような出で立ちの悟空さん。
彼の身なりも一見すると和平さんとどっこいどっこいだった。

「汚ねぇオヤジだね〜」
「いやぁ僕だって、悟空さんだけには言われたくないですよ」
和平さんはぼくとつとした栃木弁でにやにやとしながら悟空さんに言い返した。
その場に僕も居合わせていた。

その後、船内で一緒に食事したりして、仲良くさせていただいた。船を下りてからも悟空さん同伴で何度か会ったように思う。

悟空さんも言っているが、有名な割には偉ぶることがなく、気さくで素直な人だった。

突然の逝去。
目標とする先輩が急にいなくなって少し茫然自失とした。

あのぼくとつとした栃木弁が聞けなくなるのかと思うととても寂しい。

久々のフィルム撮影

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最後にフィルムで撮影したのはいつだろうか。
もしかすると5年以上前かも知れない。

防湿箱にしまっておいたマニュアル機newFM-2をこのたび引っ張り出すことにしたのは特殊な環境で撮影することになったからだ。現地の気温は現在マイナス10℃。雪山の中をかんじきを履いて歩く。10年前に冬の北海道バイク旅でメイン機として使いまくったカメラ。寒冷地でも問題なく動くのは証明済み。135mmF2.8に1.4倍テレプレスをつけて、ウサギや鳥を狙いたい。

デジカメも持って行くが、こっちは水中用のハウジングで覆った。電池はホッカイロで暖めて持っておく。これで雪山での撮影は問題ないはずだ。

サンタナの家来 そして弟子

ここ数ヶ月の間、サンタナにはまっている。
車の名前ではない。
カルロス・サンタナをリーダーとするバンドのことである。
仕事場ではサンタナのアルバムばかり、それこそ一日中かけている日もある。

「ロータスの伝説」(横尾忠則の22面体ジャケット!)というライブ・アルバムははまる前からの愛聴版で、数ヶ月に一回ぐらいは聴いていたが、はまるほどではなかった。「ブラック・マジック・ウーマン」や「哀愁のヨーロッパ」とはまるで違う混沌としたインプロビゼーションはカルロス・サンタナのミュージシャンとしての振り幅の大きさを感じさせたが、彼やそのバンドのすごさをちゃんとは理解していなかった。

きっかけは東中野にある。10月のことだ。
「キャラバンサライ」という料理屋にサンタナのアルバム「キャラバンサライ」がかかっていた。そのアルバムは高校生当時、テープに録音して何度か聴いたことがあったが、ラテン風でないテンションの高い音楽が理解できず、ずっと聴かずにいた。あれから20年以上がたった。店でたまたま耳にしたアルバム「キャラバンサライ」にたちまちとりつかれた。ジャズとプログレとラテンが融合したような音楽がとてつもなくかっこよく聞こえた。「ロータスの伝説」のように(3枚組!)長くないので良さがビビッドに伝わってきた。

サンタナのアルバムを一通り網羅したいとそのとき強く思った僕は、秋から冬にかけて、1980年代初頭までのアルバムと1999年に出た大ヒットアルバム「スーパーナチュラル」を一揃えした。

聴きまくった。発見の多い音楽鑑賞となった。

サンタナとしてデビューする前、サンタナ・ブルース・バンドとして名乗っていただけあって、初期はブルース色が濃い。しかし、その後はラテンをはじめとする様々な音楽の要素を取り入れる。ジャズ、プログレ、サルサ、ファンク、60年代ソウル。80年代初めにはヘビメタ風の楽曲にまで挑戦するという節操のなさ。様々なタイプの曲でアルバムが構成されているのは当たり前。

中にはおおよそ結びつきそうのないジャンルの音楽を一曲のなかにミックスしていたりもする。アルバム「アミーゴ」(これも横尾忠則のジャケット)に入っている「ダンス・シスター・ダンス」なんて、冒頭はサルサなのに後半はプログレ風のインプロビゼーションになってしまうのだ。

そんな節操のない雑食性の音楽だというのになぜか統一感がある。カルロス・サンタナのギターの音色やフレーズがどれも似たり寄ったりだということが幸いしているのだろう。

フォロワーがいかに多いのか。そのことにも気がついた。
高中正義はサンタナそのものだから気がついていたが、カシオペアやTスクエアなど日本のフュージョン・バンドにもかなり影響を及ぼしていることがわかった。彼らのミディアムテンポのトロピカルな曲(カシオペアの「朝焼け」が典型)は、彼らが作り出したオリジナルのタイプの曲だとずっと思っていたのだが、サンタナの方が早くにやっているようなのだ。

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サンタナのフォロワーの多さを白根全さんに話したことがある。
彼は世界で二人しかいないカーニバル評論家で、ラテンにめっぽう詳しい人だ。
「カシオペアとかTスクエアってサンタナがけっこう元ネタだったりするんですかね」
「ああ、あの辺のバンドはサンタナの家来といってもいいと思うよ」
フォロワーではなく、家来と言い切ってしまうところが白根さんの口の悪さなのだが、的は射ている。

フォロワーといえば、先週テレビを見ていて偶然発見した。
マイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」が各局で紹介されていたが、ツアーでギターを担当するという女性ギタリストがサンタナとほとんど同じギターを使っていることに気がついたのだ。
ギタリストの名はオリアンティ。ギリシア系(ジョージ・マイケルも確かギリシア系だ)のオーストラリア人。

インタビューで彼女はサンタナを自らのルーツとはっきり認めている。18歳の時、サンタナのステージに飛び入りしたことで、一流のプロとしての道が開けたのだという。つまり彼女はサンタナの家来というより、弟子みたいなものか。どおりでギターが似てるわけだ。

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左の写真は「スーパーナチュラルライブ」のジャケット。
右の写真は「THIS IS IT」の一場面。

ギターはポール・リード・スミス。かつてサンタナが開発した仏陀とかいうモデルではないみたい。(仏陀はSG。SGといえばカシオペアの野呂さんのトレードマークだ)

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「楢山節考」を見る2 神と殺人

この物語は日本各地に残る姥捨山伝説を元にしている。

舞台となる村は標高1000メートルの貧しい寒村。
生き抜いて、子から孫へと命をつないでいくために村人たちは妥協しない。
一人増えれば一人がコミュニティから退場させられる。
親族が老人を山の中に連れて行くという方法が取られるのだ。
また、この村では禁忌を犯せば、リンチを受けたり、生き埋めにされたりもする。

今の法律に照らせば、どちらも犯罪行為ということになる。
しかし近代的法律はこの村にはない。
そのかわり厳しい掟かある。
限られた資源を有効に使い、命をつないでいくための。

命が間引かれるとき、免罪のためなのか村人はある単語を口にする。
何かにつけ「山神さま」というのだ。
自然という人の手に負えない、人知を越えた存在を信じることで、
不自然な殺人を正当化するのだろう。

この映画の中に出てくる殺人・自死のシーンを見ていて思い出した話がある。

一昨年の年末に行ったエチオピア南部でのことだ。
口に皿をはめ半裸で暮らしているムルシ族という人々がいる。
話というのは彼らにまつわるものである。

牛を追って生きているムルシ族。彼らは牛の存在をとても大事にしている。
牛が死んだとき、ムルシの人々は隣の村人が牛に呪いをかけて殺したと思い込む。
ムルシの男は隣村へと復讐に出かけ、カラシニコフ銃などを使って、
隣村の住人を殺してしまう。

牛が死んだことを理由に殺される隣村の人々はやりきれないはずだ。
そんな理不尽な殺人があっていいものか。
話を聞いたとき、そのように嘆いたりしたものだ。

しかしこの映画を見てちょっと考えが変わった。
ムルシの村人も楢山節考の村人も人知を越えるものに対して、畏れを持っている。
彼らは自然を自分たちの思うように改造したりはしない。
他方、自然に対しての畏れを忘れた現代人は自然の改造に躊躇がない。

自然に対してのダメージというものを重視する視点に立つと、
前者を野蛮だと決めつけられなくなる。
結局、どちらがよくてどちらが悪いとは言い切れないのではないか。
そのように思うようになった。

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「楢山節考」を見る1 作られた日本国民

深沢七郎原作、今村昌平監督の映画「楢山節考」を先ほど見終わった。

昔の日本人は自然と格闘してぎりぎりのところで生きていた。
そのことがなんとなく想像できる貧しい村人たちの描写が衝撃的。
自然と共存するというより、
自然の猛威に負けぬよう必死になって、
世代をつないできたということなのだろう。

現在の日本人は彼らとまるで違う生活をしている。
自然は猛威でも何でもなくなってしまった。
人知の及ばぬ領域というものを理解せず、
自然を野放図に改造している。
自然を人知の及ばぬものとして理解するのは、
天災という手痛いしっぺ返しを喰らったときだけになってしまった。
自然と向き合わずに生活できてしまう現代人の生活はとても不自然だ。
だからか、この映画に出てくる村人の生活がうらやましく思えたりする。

このような状態ほどではないにしろ、改造した自然を徐々に復元し、自然に還っていくような、
そんな暮らしを僕らやそれ以後の世代が成し遂げる必要があるんだろうな。
(とはいえ彼らの生活は過酷すぎてとても住む気にはなれないのだけど…)


もうひとつこの映画が衝撃的だったのは開けっぴろげな性生活の描写だ。
(清川虹子のヌードが豊満で意外ときれいだった)
村の人々に貞操なんてない。はっきりいってフリーセックス状態。
昔からあると思われている日本の常識というものがいかにいい加減かということを改めて知った。

今の日本では一夫一妻制度が法律で義務づけられている。
恋人や配偶者以外の異性と関係を持つことは世間の常識から外れていることとされる。
かつて日本人はおおらかな性生活を送っていた。
聞くところによると、夜這いの風習は高度成長期の頃まで残っていたのだとか。
そのあたりの事情は次の本に詳しい。
「夜這いの民俗学・夜這いの性愛論」(この本も衝撃的)。

保守的な人たちが理想とするような日本人像の歴史は実は浅い。
一夫一妻制はおろか、日本人という概念だって明治維新のころ、普及していなかったはず。
映画に出てくる村人は村人だという自負はあっても、
自分たちのことを国民だとか日本人だとは思っていなかったに違いない。

明治以後、戦争をするために日本列島に住んでいる人たちを、教育や報道によって、
日本人という鋳型にはめていったというのが事実なのだろう。

その点、大河ドラマは
昔から日本という国があり、日本人が住んでいたと錯覚させるからタチが悪い。

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VAIO Xが届いた2  横綱と新旧交代

続きを記す。

買ったパソコンのスペックは次の通り。

VAIO X (VPCX11AKJ)
OS:WINDOWS 7(Home Premium)
CPU:Atom Z550 (2.00GHz)
メモリー:2GB
SSD128GB
ワイヤレスLAN&ワイヤレスWAN搭載
Lバッテリー&Xバッテリー

10年ぐらい前、野外持ち出し用のパソコンにモバイルギアー(略称:モバギ)を使っていた。
単三電池2本とバックアップ用のボタン電池で連続約30時間使えた。
当時のあてどない放浪旅行。日々のこまごまの大部分をこの機械に綴った。

その後、ノートパソコンをいろいろと買い換えたが、モバギだけは手放さなかった。
モバギ以上に長時間駆動する機械が現れなかったからだ。

しかしVAIO Xが登場したことでそろそろモバギにも引導が言い渡してもいいような気がしてきた。
バッテリー二つで30時間もつという話なのだ。
実質的にはその半分しかもたないかもしれないが、それでも十分だ。

貴ノ花が千代の富士に負けて引退した。
千代の富士は貴乃花に負けて引退した。
モバギからVAIO X。
時代の変わり目を象徴するような新旧交代が起こったのかもしれない。

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大きさでは倍以上だが、高さは3−4分の1といったところ。
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立ち上げてみる。
スイッチを入れてから立ち上がるまではだいたい1分ほど。一方、シャットダウンは約20秒。SSDなのでまったく音がしない。HDDの音に慣れているせいか、SSDの無音は逆に僕を不安にさせる。
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起動後、電子書籍のビューアを立ち上げてみた。
表示されているのは石原完爾の「最終戦争論」。
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VAIO Xが届いた1 テロのような到着

1月7日に注文したVAIO Xが今日、突然届いた。
昨夜、「発送が完了」を知らせるメールが僕宛に送られていたのだけど、そのメールに気がついたのは今朝になってから。だから抜き打ちで届いたようなものだ。予定では2月上旬配送となっていたから、予想よりも一週間ばかり到着が早く、その点ではうれしいサプライズだった。

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箱を開けるとさらにその中に箱が入っていた。
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その箱を開けると本体が現れた。
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持ち上げてみる。Lバッテリー(スペックでは10時間もつことになっている)を装着すると700グラムあまり。軽すぎて心配になるぐらい。
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開くとこんな感じ。
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作業が煮詰まったとき、外にこのパソコンを持ち出してみるつもり。久々にファミレスで粘って書いたり、天気のいいときは公園のベンチで鳥のさえずりを聞きながら作業してみようかな。あと、青空文庫のサイトから古典をダウンロードして読むのにも使いたい。

薄くて軽いのは助かる。
常用しているトートバッグにすっぽりと入る。

軽いので持ち運びが苦にならない。
だが、その軽さがあだとなり、うっかり忘れて置き引きに遭ってしまいそう。

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テロのような到着といえば最近よく民主党に届く銃弾も突然という意味では同じだ。銃弾じゃなくて豆を送ったほうがウィットが効いてておもしろいと思うのだが。鳩に豆鉄砲。なんちゃって。

感情という名のジェットコースター

今年はまわりで人が生まれたり亡くなったりすることが多かった。2月に我が家に遊びに来た友人の一人が9月に子供を生んだかと思うと、その場に同席していた友人がそれから2カ月後にガンで早逝した。二人とも34歳であった。詳しくは書かないが我が家に限っても生と死があった。

仕事面では充実していた。
光文社の連載「ニッポンの穴紀行」のため、10月までの間、日本のあちこちに行くことができた。連載が終わる頃、「生きのびた日本」の連載が始まった。以前のように仕事が途切れることがない。毎月仕事があるというのは精神衛生上とてもいい。着々と進んでいるという実感を日々感じていた。
それでも僕の心は充実感よりも嫉妬心に支配されていた。心に広がる嫉妬の炎は鎮火するどころか、春から秋にかけて燃え広がった。

成功なんてものはあくまで相対的なもの。自分の中にある序列と他人の評価が著しく違ってくると、成功を成功と思えなくなる。そのことを思い知った。他人の評価や本の売れ行きを気にせずに、自分の抱えている課題に集中すればいいのだけれど、そう簡単にはいかない。僕の社会性が邪魔をしたのだろう。

人が生まれたり死んだりするたびに、笑ったり、喜んだり、戸惑ったり、泣いたりした。仕事をやり終えて充実感を感じ、本が売れないことに落胆したり、嫉妬の気持ちを抱いたりした。

感情は理屈ではない。あふれ出てくるものなのだということを今年ほど知った年もなかった。

感情という名のジェットコースターに乗っかっていた。そんな一年だった。

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あまり喜べない掲載

ダカーポ別冊のムック「最高の本」が今年も刊行された。
「ダカーポ特別編集 最高の本! 2010」

このムックには今年、刊行された書籍のベストが網羅されている。
プロの本読みの投票によって選ばれた各ジャンルのベスト10や各新聞・雑誌によるベスト5など。

昨年に出した「誰も国境を知らない」が「最高の本」の後者のコーナーに掲載された。
2年連続で。
昨年は日本経済新聞で5位だったが、今年は聖教新聞で1位に選ばれている。

嬉しくなくもないが、複雑な気分だ。
この本が売れず、社会的な認知がなされていないってことの裏返しだからだ。
ベストセラーになっていれば、ムックの編集者も選んだメディアもミスに気がついたことだろう。

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WEB春秋で連載している「生きのびた日本」第二回、昨日掲載されました。


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追記:
拙作のタイトルは「最高の本! 2010」の22−23ページに掲載されている。
各新聞が選んだベスト5が記された表だけでなく、脇に記されている総評にまで!
総評で拙作を紹介し、墓穴をさらに広げているのだ。

おかしいなあ、ほんとうにこれ、2009年の本だけを選んでるんだろうか。
疑問が頭をもたげた。
もう一度、その表をじっくりとチェックしてみると、僕の本のほかに、
昨年出された本が掲載されていることに気がついた。

ってわけで、どうやら今年に出たというくくりは案外弱いことがわかった。
お騒がせいたしました。

大相撲を見て同窓会に参加してみたくなる

プロレスやボクシングといった格闘技の中継をテレビで見ているといつも観客席が気になってしまう。
格闘技と縁が薄そうな有名人やキャラの立っている素人など、主役である選手よりも目立つ観客が場内にちらほらいるからだ。

一週間前、相撲の土俵入りをテレビで見ていた。
拍子木が鳴り響く中、横綱より下の関取たちが花道から入場し、土俵を取り囲む。
そんな様子がテレビに映っている。

そのときだ。
ある人物がいることに気がつき、僕の目は彼の動向に釘付けとなる。
花道の横、前から7列目ぐらいのところに、古くからの友人が観客席に座っているではないか。
東京に住んでいる彼がなぜ競技場にいるのだろう。
今場所は九州場所だというのに。

気になった僕は彼の携帯電話にすぐさまかけた。
テレビから聞こえてくる拍子木の音が電話口からも聞こえてくる。
「もしかして相撲見に来てます?」
「来てるよ。なんでわかった?」
「テレビに映ってたんです」


僕には特殊な眼力があるのか。
停車している電車のなかにいる友人を駅のホームから見つけたり、新宿の雑踏の中で知り合いを見つけたりすることがしばしばある。だから、テレビの画面からその男を見つけたときも僕自身は特に驚くことはなかった。電話をかけられた男は驚いていたようだが。

その男とは15年前にピースボートの事務局で知り合っている。地球一周の前、船の出航前半年間は毎日のように事務局で会っていた。

地球一周が終わったあとも交友関係は続いている。地球一周という共通目的のため、お互い頑張りあった仲なので、絆は強い。中学校や高校の野球部の同僚との関係に似ているのかも知れない。

お互い仕事に忙しく、ここ数年は会っていなかったが、画面で彼の顔をみて、元気そうだということが確認でき、ちょっと安心した。15年前の事務局での思い出がにわかに蘇ってくる。懐かしい。

彼をテレビの画面で見つけたとき、自分の原点というか原風景を見つめているような気になった。
相撲を見るまでは、ケバケバした感情が僕の心を支配していた。
しかし、彼の姿を見かけることで、そのようなストレスフルな感情が溶けていき、心がすーっと平穏を取り戻した。

よっぽどの思い出でなければ、過去は美化される。美化された過去と向かい合うことで人は、現実のつらさから逃れるとともに、自分のルーツを意識するのかも知れない。

とすると、同窓会というものも、同じような効果があるのかもしれない。四半世紀会っていない小学校や中学校時代の仲間たちと久々に会ってみたいような気がしてきた。

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連載の開始と終了のお知らせ

今のところ僕の代表作である『僕の見た「大日本帝国」』。
そのテーマは、かつて「日本の領土」だった土地を旅する中で、日本のあしあとを発見していく、というものでした。

新連載のテーマは「大日本帝国」とは逆に、
かつての「日本の領土」に住んでいた日本人のその後を追う、というものです。

4年ほど前から構想を練っていたのですが、描き方がわからず、執筆をずっと棚上げにしていました。
最近になってようやくプロットができあがり、今日になってようやく連載開始にこぎ着けたというわけです。

毎月20日ごろに更新となります。全十二回。

『生きのびた「日本」  〜僕が出会った〈引き揚げの時代〉』

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また、昨年秋から『本が好き!』に連載している『「ニッポンの穴」紀行』ですが、来月号で連載終了となります。もともと全12回の予定でしたし、『本が好き!』が次号で廃刊となるという事情が重なりました。

今回は北海道の廃線トンネル、次回は沖縄のガマがテーマです。

最終号は12/10発売です。
それではよろしくお願いします。

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Appendix

プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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