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37年振りの異邦人

昨日は大井教会というところへ行き、久米小百合さんのピアノコンサートをみてきた。
かつて久保田早紀という名前で活動していた彼女。デビュー曲の「異邦人」のヒットからすでに37年。
「異邦人」という曲は小学生のとき聴いて以来、ずっと好きで居続けた曲。普段はカラオケなどはまったく行かないが、何か歌えと言われると、「じゃ好きな曲歌うで」と言って歌ってたのが決まってこの曲だったし、ノンフィクションライターとして60カ国回るきっかけとなったのも、この曲を聴いて以来の海外への憧れをもったからこそだ。この曲がなかったら自分の人生がかわったんじゃないかと思うほどに大事な曲。それだけに生で聴ける機会を持てるということで期待していた。
小百合さんは、青いロングドレスで現れた。小柄だが、いるだけで周りが華やぐような雰囲気がある。つまりはオーラがあるということだ。
ピアノで賛美歌を歌い始めると、場内の空気ががらっと変わった。くだけたおしゃべり、一緒に歌って下さいと誘導したり目配せしたりしてお客さんを歌わせるように誘導する巧みさ、そしてなにより暖かで伸びやかな声。
声とピアノだけですっかりこれだけ、人の心を揺さぶることができる、小百合さんの表現力に心の底から感動した。デビュー曲からしてそうだが、やはりこの方の歌というのは別格。花があるし、引退後はクールさとは引き替えに暖かみが加わった。才能がある人、持ってる人、というのは彼女のような人のことをいうのだと確信した。
前半は賛美歌、後半は、久米小百合時代の賛美歌ベースのオリジナルという構成で、最後は「異邦人」を歌うも「2番は忘れちゃった」と言って2番は歌わなかった。僕があの曲によって人生を変えられた以上に、作って歌った彼女の人生は良くも悪くもこの曲に人生を変えられた。いや、振り回されたといってもいい。1番だけしか歌わなかったことに、彼女のこの曲に抱く複雑な思いが投影されているような気がして、すごく意味深だった。
彼女自身はお客さんに歌わせようとしていたが、なにより彼女の生歌が良すぎた。聞き入ってしまって一緒に歌おうとか、そんな気にはとてもじゃないがなれなかった。
ずっと憧れていた曲を作り、歌っていた方の歌を、まさか37年も経ってから生で聴くことになろうとは。人生って本当に何があるか分からないと思った次第。
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PV「パープル・レイン」に隠されたメッセージ?

ファーストアベニューで演奏する映画のシーンがそのままPVになっている「パープルレイン」。観客の中にジミヘンとスティービーのそっくりさんが写るというシーンがある。スティービーのそっくりさんはご丁寧に首の振り方までまねている(3:18~)。直後にジミヘンのそっくりさん。ブラックミュージックの巨人へのオマージュ、そして今後は俺こそが先輩たちを凌駕していくから見ておいてくれというメッセージではないかと、僕は解釈している。
あと当時流行っていた「フットルース」のケビン・ベーコンのそっくりさんもいる。ほかにもいるかも。マイルスとかJBとかサンタナとか。

プリンスとの出会い、そして五木ひろし

眠れず、一旦、起き上がったところに飛び込んできた訃報。事態を受け止めることができない。パープルバナナが満載のトラックに乗り、殿下はあの世へ旅立っていったんだろうか。洋楽のミュージシャンで一番最初に、そして一番好きなのが彼でした。安らかに、安らかに。

実家にあったプリンスのLP、一揃え、おかんに捨てられてた筈。買い直すとするか?

以下、僕とプリンスとの出会った頃のことを書いてみる。

パープルレインが流行っていた1984年。そのころ僕は家族と一緒に大阪は門真市の木造モルタル2階建ての貸家に住んでいた。道の入り組んだ文化住宅ばかりが建ち並ぶ、良く言えば庶民的な住宅街。その家、左右に引き戸の入り口があり、向かって左がうち、右側は在日韓国人の一家が住んでいた。一つの建物を無理矢理、左右に分けて、貸しているのだ。壁はうすく、隣の家の声や生活音が日常的に聞こえてきた。その数年前までは同じ区画の文化住宅に住んでいて、もっとせまく、隣の家の声なんて当たり前に聞こえたので、そうした生活音に不満を抱くことはなかった。それどころか、以前より、家がグレードアップしたためか、ささやかながら贅沢になった住環境を喜んでいた。
隣の家にご主人はおらず、当時40代のおばさん、そして高校生ぐらいの子どもが二人ぐらいいたと思う。五木ひろしの歌をこよなく愛する普通のおばさんだった。女手ひとつで、しかも在日というハンデがありながらも、おばさんは頑張っていたし、真面目な性格に敬意の念を抱いていた。
ところがそのおばさん、どうしたのか。ある日、突然、壊れてしまった。当時は今のような少子化社会ではないのでそこら中に子どもがいた。道ばたで三角ベースをやったり、かくれんぼをしたり。女の子はゴム跳びをしたりして、家の前の路地で遊ぶのが普通だった。それで、そのおばさん、壊れるやいなや、バケツに汲んだ水を子どもらに向かってざばーっとかけていじめたり、あることないことうちの悪口を言ったりし出した。家に出なくても、おばさんの狂気は伝わってきた。おばさんがこよなく愛する、五木ひろし。ベスト盤だろうか。それを壁がビリビリ震えるぐらいまでのボリュームで、朝早くから、そして僕が学校から帰ってきた後の夕方、そして夜とエンドレスでかけていたのだ。
以前なら聞こえても音は控えめだったのに、まさに欲望の赴くまま、他人への迷惑を感じるセンサーがぶっ壊れてしまったようだったのだ。

当時、ミュージックビデオと連携した形で洋楽がヒットしていた。マイケル・ジャクソン、ビリー・ジョエル、ホール&オーツ、デュランデュランにカルチャークラブとかいった面々が次から次へとヒットを飛ばしていた。1984年。僕は夜更かししてテレビにかじりつき、ベストヒットUSAやソニーミュージックTV、MTV(マイケル富岡!)とかで洋楽のヒット曲を沢山聴き、歌謡曲とは違う世界観を持った完成度の高い音楽の虜になっていた。
その年プリンスがパープルレインを発表する。最初に見たのはベストヒットUSA。マイケル・ジャクソンのライバル、正義のマイケルに悪のプリンスという紹介のされ方をしていたような気がする。マイケルのスリラーには確かに魅了されていた。だからこそ、「悪ってなんや」ってことで、プリンスに興味をそそられた。
6月だったか、プリンスの「ビートに抱かれて」という嫌悪したくなるような気持ちの悪い映像の曲が突然、売れはじめた。黒人かインド人かよく分からない小男が、なまめかしいマスカラと無精ひげという性別不詳のミスマッチな顔立ちで、素っ裸でハイハイしたり、紫色のハーレー?に乗ったり、左右対称の鏡写しの空間でバンド演奏したり。曲にしても、極端にシンプルで、楽器という楽器が省かれている。そんな気持ち悪いだけの謎の曲がまたたくまに一位となり、アルバムも一位となった。
当時、洋楽にはまっていて、聴く曲聴く曲すべてが新鮮。売れている曲はすべて聴いてみたかった。プリンスは理解の範疇を超えていたが、わからないだけに聞き込んでみたい気にさせられた。とはいえ中学生にLPは高い。そこで僕は、隣駅iに隣接するビルで営業していた貸しレコード屋に初めて出向くことにしたのだった。

貸しレコード屋の会員となり、レコードの棚から「パープルレイン」を探し出した。そのときはカルチャークラブやデュランデュランも借りたのかも知れないがよくは覚えていない。借りたパーフルレインを家に帰ってから取り出すと、盤面はなんと紫色だった。ターンテーブルにレコード盤を載せ、針を落とそうと、アームをつまむ。戻っては来られない怪しい世界に誘われるような気がしてドキドキしたのだと思う。しかし、なんだか初めて聞いたときのことはよく覚えていないのだ。
と言うのも隣の在日おばさんの五木ひろしがやかましくて、その音を早くかき消したい衝動に駆られていたからだ。
針を落とすと、妖しげで背徳的で下品で躍動的なエネルギッシュな、いろんなタイプの曲があった。いいとか魅了されたとかいうよりも、何故彼がこんなに気持ち悪くて、なのに格好良いのか、とか、これはロックなのか黒人音楽なのかとか、彼のハイテンションはどこからくるのかとか、それとは裏腹にふっと感じさせる彼の劣等感のようなものとか。あと何よりも気になったのが、隠し味のように入れられた「ンッタララッタ」「ンタンタ」とかいう太鼓やベルとかの音。とにかく何度聞いても謎だらけ。どれだけ光を当てても闇がある。良いからという理由からではなく、わからなさが気になってしかたなくて、繰り返し繰り返し聞いてしまった。
いつのまにか引き込まれ、繰り返し針をLPに落として聞いているうちに、手元をあやまり、レコード盤に渦巻き状の傷をつけてしまった。それはまるで惑星探査船パイオニア号が、木星の軌道に乗るときのような見事な傷。レコードは返しにいったが、結局、買い取りとなった。

以降、僕はその年の冬まで、つまりパープレインがアルバムの一位の座から陥落するまで毎日毎日聴いた。それこそ「ダーリンニッキー」の歌詞にあるようなことを親や兄弟から隠れながらしたりしたこともあった。
その間、隣のおばさんの心の調子はずっと悪く、五木ひろしのベストが壁伝いに聞こえてきた。僕にとってパープルレインを聞くという行為は、プリンスの音楽にこめられた闇という謎を解き明かすことや、単純に聞いて楽しむ(聞き込んでいるうちにどんどんと楽しく聞こえるようになった)こと、そしてオ〇ニーのお供、そして何より、狂ったおばさんの騒音に対抗し、心にはりを持つという意味合いが何より大きかったような気がする。
そんなわけでパープルレインのアルバムを聴くたびに、思春期のころの、おばさんとの戦いの日々を思い出すし、五木ひろしのこぶし回しが、聞こえるような気がしてならないのだ。(了)

甘利明大臣の辞任について

甘利明大臣が辞任した。それについての雑感を記してみる。

一昨年の夏、「開運なんでも鑑定団」に甘利大臣が登場した。三木谷楽天社長からもらったという田中将大のサイン入りユニフォームを鑑定依頼。確か約300万円という結果が出た。便宜供与目的なんだから、こりゃ賄賂なんじゃないかと素人目には思った。そこですぐに永田町筋の人脈何人かに聞いてみた。賄賂にあたらないと答えた人の方が明らかに多かったのだが、説明を聞いても、なんだか納得がいかなかった。
あれから1年数ヶ月。今回の一件が取り沙汰された。300万円という額は鑑定額とほとんどかわらないが、辞任にまで発展した。これだけがっちり証拠を固めている以上、言い逃れはできない。それは確かだけど、お札の番号を渡す前に記録するというのはちょっと尋常じゃない気がする。TPP云々のことで、アメリカ様やそれに従属する我が国の官僚らの落とし穴にはめられたという線はないのだろうか。もしそうであっても、真相はわかるはずがないけど気になるところ。

king crimson(キング・クリムゾン)は劇薬

キング・クリムゾンの来日公演の初日が終わった。見終わってぐったりした。
講演終了後の気分を例えて言うなら、劇薬を食らって意識不明、しばらく冥界をさまよった後、生還したような感じ。
 * * *
渋谷のオーチャード・ホールで行われた今日のライブ。セット・リストがさっそく上がっていた。

演奏した曲は全部で19曲。19時15分から始まって21時20分頃までの2時間少々。

始まる前は左右のドラムのところに、撮影を禁止する旨が左は日本語、右は英語で注意書きというか御触書が出ていて、開演直前まで出っぱなし。それはいかの通り。

しかも同じ内容のアナウンスが日本語と英語でなされた。
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ご来場のお客様にアーティスト、及び主催者から観覧の際のご協力のお願いを申し上げます。

本公演は公演が終了するまでの間、場内では携帯電話の着信音の発生、通話、また、携帯電話を含む全ての録音可能な機器による写真撮影、映像撮影および音声録音などの行為は一切禁止しておりますので必ず電源をお切りください。
以上行為の他、公演の妨げとなる行為が発覚した場合は退場していただきます。また公演がその時点で終了する場合がございますので、ご注意をお願いします。

また、開演後の場内への入場については、演奏中の場内への入場が一切できませんので予めご了承ください。途中お席をお立ちの場合も、場内への入場は曲間時のみとなります。

以上事項にご理解とご協力をいただきますようお願い申し上げます。
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キース・ジャレットは携帯の着信音のせいで実際、コンサートが中断、本人による説教の後、そのまま中止となったという。フリップ卿なら同じようなことがありうるかもと少し戦慄。

だけどその後だったか、
「通常は撮影禁止ですが、ベースのトニー・レヴィンがカメラを構えたら、それを合図に撮影可能です」とアナウンスが続き、これには場内が和やかにどよめいた。さすがイギリス人。ユーモアがある。

そしてさらには「御触書」が撤去される。

いよいよ開演。開演前のBGMはバイオリンだろうか、静かなインストゥルメンタルがエンドレス。それが途切れないまま、演奏が始まった。

このバンド、昔からそうだが、聞いてると、ふっと意識を失ってしまうことがとても多い。脳への負荷がかかって、限界を超えてしまうというのかな。ナルコレプシー的な効果がある。好きなバンドではあるのだが、聴いた通算回数でいうと、ピンク・フロイドやイエス、マイク・オールドフィールドに比べると全然少ない。作業がはかどるどころか、妨げにしかならないからだ。

最近ではだいたいどんな音楽を聴いても、そんなことにならなかっただけに、やっぱクリムゾンって音楽は、劇薬だと思った次第。それで、今回、ライブを見て、なぜクリムゾンは聴いていて脳に負荷がかかるのかが、何となくだけどわかった気がする。

統率がとれてるのに混乱しているし、静かで美しい反面、暴力的だったりするし、静かだったり大音量だったりもする。そんなわけで、そもそものサウンドの振り幅がものすごく大きい。あと、サウンドの軸がどこにあるのかわかりにくいってことも、脳に負荷がかかる原因なんじゃないかな。

特に今回は、ドラムが三台あり、同時に別々のリズムを叩いたり、フレーズを分割して担当したり、二人が叩いて一人はパーカッションの役割をしたり。しかも真ん中の人はメロトロン代わりのキーボードを担当するしでとにかくリズムが重層的だったことが大きい。あと、ロバート・フリップの演奏はCD同様に隠然としていた。彼こそが常にアンサンブルを引っ張っているんだろうけど、見ていると弾いていないときも多く、なんだか目立ってるのか、そうでないのかよくわからずつかみ所がなかった。演奏風景が見えても、曲の軸がどこにあるのかときどきわからなくなるんだから、音だけ聞いてたら、疲れてしまって眠くなるに決まっている。

前半の3曲目あたりから、気がつくと目を閉じてしまっているような状態になり、トーキング・ドラム~太陽と旋律2~暗黒と続くメドレーの手前は、これまでにない脳への負荷を感じてしまった。なったことはないが脳卒中ってこういうのの強い症状なのかな。だけど意識が回復すると、泣きはらした後のように、頭の中がすっきりした。

ドラム3台というのは確かに過剰でだからこそ余計に疲れた。ドラムだけの合奏やソロ回しもところどころあってドラムに興味がない人には辛い展開なんじゃないかとも思えた。だけどこうした構成は今回きりだろう。そう思えば、こういう極端な編成も、自分の音楽遍歴というかリスナーとしての経験値があがることを考えると聞いてて良かったってことになるはず。ライブ前、セットリストを見たときは60-70年代の曲が目立ち嬉しい反面、クリムゾンもいよいよ他の大物同様の懐メロバンドになるのかと思ったが、ドラム3台という極端な編成だからこそ、古い曲を新しく聴けたわけだし、バンドとしての新境地に踏み出しているということだ。そのことを聴いてて実感し、音楽のジャンル名同様に進歩的(プログレッシブ)で居続けるバンドなんだということを実感した次第。

ちなみに、隣にいた、でっぷりしてけんかの強そうなサラリーマンは「スターレス」を聴きながら涙を流していた。
古くからのファンも大満足だったようだ。僕もその一人だけど。

ライブが終わったあとは、よたよた歩いている人が多くて、みな相応に脳に負荷がかかってしまったのかな、と思った。終演後、小熊英二あたりが、見に来てないか探したが見つからず。客は偏差値の高そうな40代後半~60代男性が中心で、先月見たデフレパードなんかに比べると、年収は3割ぐらい高そうな感じだった。気のせいかも知れないけど。

それはともかく。
クリムゾンは今後、入眠用の音楽として、聴くのがいいのかも知れないと思った。それとも、「One more red niightmare」って曲があるぐらいだから、やっぱりよした方がいいんだろうか。

原節子の引退後を暗示するような台詞

原節子が95歳で亡くなった。「東京物語」をみて以来、ずっと消息が気になっていたが、引退後、どのように暮らしたのか。やはり気になってしまう。追悼の意味もこめて、さっそく小津安二郎の「東京物語」を見直した。

この映画の1時間15-17分付近で、気になるやりとりがあったので記しておく。

東山千栄子「あんたまだ若いんじゃし」
原節子「うふふ、もう若くありませんわ」
東山千栄子「(略)ええ人があったらあんたいつでも気兼ねなしにお嫁にいってくださいよ(略)」
原節子「じゃあ、いいところがありましたら」
東山千栄子「あるよ。ありますとも(略)」
原節子「そうでしょうか」
東山千栄子「あんたにはいままで苦労のさせ通しで、このままじゃわたしゃすまんすまん思うて」
原節子「いいのお母様、私勝手にこうしてますの」
東山千栄子「でもあんた、それじゃああんまりのう」
原節子「いいえいいんですの、私このほうが気楽なんですの」
東山千栄子「でも、あんた、いまはそうでもだんだん年でもを取ってくるとやっぱり一人じゃ寂しいですけえのう」
原節子が「いいんですの、私、年取らないことに決めてますから」

このやりとり、引退後、一切、表に出ず独身のまま天寿を全うした彼女の最期を暗示しているような気がした。
ご冥福をお祈りします。

エルトン・ジョンと彼のバンドのライブ:11/18 横浜アリーナ

見に行ったエルトンのライブ。そのセットリスト
過去1年間のリストを見ると、The Bitch Is Backがだいたい一曲目で、11分もあるFuneral for a Friend/Love Lies Bleedingはやらないことの方が多かった。だけど二日前の大阪公演で、後者の曲を一曲目に持ってきてくれた。プログレスラッシュメタルのドリームシアターがカバーしたこともある、この曲は実にドラマチックな曲で、僕がエルトンの曲の中で一番好きな曲。しかも、The Bitch Is Backもやるというではないか。この曲目はアメリカやヨーロッパではやってない豪華バージョン。横浜でも曲目は同じだろうということが予想できたので、行く前からものすごくうきうきした。

以下は雑感の詳細。

ピアノを弾きながら歌うエルトンのほか、ギター、ベース、ドラム、キーボードにパーカッションの6人。立っているのはギターとベースだけという、動きの少ないステージだった。エルトンはラメ入り青いスーツにサングラス姿。お色直しはない。というかドラム以外みんなサングラス姿でなんだかそっけない。とはいえ、音楽性がとにかくすぐれていて、音楽以外なんも必要ないという感じ。
アーシーなロック、オールディーズ、バラード、ポップスにプログレといったこなすジャンルの広さといい、演奏能力の高さといい、エルトンを支えるコーラスの美しさといい、とにかく素晴らしかった。
10列ほど前に185ぐらいの男がいてとにかくステージが見にくかった。客は50代が平均といった感じで、アリーナでも時折座っている人がちらほら。
Goodbye Yellow Brick Roadではメルヘンチックな映像が流れていて、途中で出てくる巨大ウエディングケーキにはタキシード姿のエルトンとパートナーの姿。
アンコールの直前にはなぜかサインタイム。これは前の方の人の特権か?
エルトンの歌声については声量は充分だったがやや音域がせまく、ちょっと怒鳴って歌ってるようにも聞こえた。加齢のせいなのかファルセットは歌わず、パーカッションの人に歌わせてたりしていた。ただピアノに関しては幼少の頃から神童と呼ばれただけあって、鍵盤を端から端までフルに使って弾いていて、リック・ウェイクマンばりのくどさがときどきあった。
ガンガン弾いたりそっとバッキングに徹したりというギターのデイビー・ジョンストンとエルトンとの絡みがバンドアンサンブルのキモだった。ギターのデイビーが音楽監督らしいが確かに彼なくしてはこのライブは語れなかった。
1969年からの付き合いというドラムのナイジェル・オルソンの堅実だけどそこそこ派手なプレイ(なんとツーバスだ)はやや音が軽く、その点で、ビリー・ジョエルのバックを叩くパワー一辺倒のドラムとは全然違っていた。

歌といい演奏といい、安定感バツグンの2時間半だった。18000円というチケット代の高さは何とかならんかとは思ったが、確かにそれに見合った価値の音楽をやっていた。

エルトン・ジョンというより、エルトン・ジョン・バンドを見に行ったという感じ。エルトンに対しての印象だが、これに関しては、それまでに抱いていた印象に間違いがなかった。エルトンという人は、やはり、AORとかバラードのシンガーというより、とてつもなくスケールの大きな、キャッチーでポップなロックンローラーだ。

高野秀行さん、「リアル北斗の拳」という言葉、もう古いですよ(笑)

映画関係者に限らず、あらゆる知り合いが絶賛するので、どれどれと物見遊山のつもりで「マッドマックス 怒りのデスロード」を見に行った。
極限にまで単純化されたストーリー、ときおり失笑したくなるぐらいにデフォルメされたキャラクター、作り込まれた世界観。何も考えず文句なく楽しめるが、見終わると設定の詳細が気になって仕方がなくなる、、、という作品だった。大いに刺激を受けたし大いに参考になった。
映像にしろ文章にしろ、フィクションにしろノンフィクションにしろ。ストーリーを作ることを生業にしている人は全員見るべき作品だと思う。
ところで。
高野秀行さんが著書の「謎の独立国家 ソマリランド」で「リアル北斗の拳」という言葉を使っていたが、この映画を見て、その言葉はもう使わない方がいいと強く思った。この作品の大ヒットによって「リアル北斗の拳」という言葉が一気に陳腐化してしまったんじゃないかな。オリジナルシリーズの新作にここまですごいのを作られたんだから。

本当に暴力は振るわれたのか?

ここ数ヶ月、冤罪DVの取材をしているのだけど、ひとつ言えるのはDVという言葉は黄門様の印籠と同じぐらいの効力を持つということ。それが冤罪であっても、警察や行政機関は申告してきた側の言葉を大して調べもせずに信用し、「加害者」側にいろいろな制限をかけたりする傾向が強い。

今日になって関係するニュースが飛び込んできた。

<傷害容疑>妻へのDV 作家の冲方丁容疑者逮捕 渋谷署

この事件で、妻は警察へ被害相談をしたと書いてあることが気になる。警察は適正に捜査をして逮捕したというより、妻のいうことを鵜呑みにして、逮捕に踏み切ったのではないか。それとも、井上ひさし級の暴力が日常的に繰り返されたりしていたのだろうか。適正な捜査を望む。

即興で書いてみました。

芥川賞候補作である「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」に感化され?、即興で小説のようなものを走り書きしてみた。執筆時間、約30分です。
**********************
「21世紀のスキツォイド・マン」
翌日の発表会に向けて、キング・クリムゾンの「21世紀の精神異常者」の歌詞を覚えなくちゃならない。お披露目は山のなかの小さな旅館。一人ではなく、男二人で。僕は相方と、なぜか浴衣姿で、ネタ合わせするみたいな感じで、練習に励んだ。
相方は言う。
「これ英語じゃなくて日本語のほうがうけるんと違うか」
それに対して僕は
「いやいや。やっぱ英語じゃないと。タイトルが「21世紀のスキツォイド・マン」ってかわるらしいし、べたに精神異常者とか訳して歌ったらまずいやろ。それにリズムに乗らんし」と抗弁する。すると、相方は突然、「なんやと」と声を荒げ、紙の棒を浴衣の合わせ目から取り出した。
「そんな意気地なしやったんか。気合いをみせらなあかんで。だからぬいでもらうで」
「なんやなんやなんでぬがなあかんねん」
相方は浴衣に手をかけ、僕の上半身を露出させた。
「これなんやねん。どういうことや」
僕の抗議はあえて無視し、おもむろに紙の棒を胸に押し当ててきた。
「乳首ドリルやめんかい」
そう僕が言うと、つま先、顎と連続攻撃。さらには脇を叩いてきた。
殴られた悔しさで僕はうずくまり、地面をたたきながら、「ウォー」と叫ぶようにして泣いてしまった。
「将軍さまー、なぜ亡くなられたんですか。こんな理不尽なことはありません! アイゴー」
とここで目が覚めた。脇やつま先がジーンと痛い。
布団は全体がじっとりと濡れていた。大人用のトレッピーを股間に装着し忘れて失禁したのか。それとも涙なのか。汗なのか。いずれにせよ、舐めるとしょっぱかった。(了)

カメラを売る

2008年の年末、妻とエチオピアを旅行した。そのときに使いまくったのがD700と24-70mmF2.8EDのセットだった。唇に皿をはめているムルシ族やラリベラの岩窟教会はすべてこれで撮った。ケニアとの国境近くでキャンプしたときに見た満天の星空をスローシャッターで撮ったのもこのセットだった。あまりのでかさと重さからその後、次第に使わなくなっていったが、娘が生まれると、再び使い出し、ときどき持ち出しては撮った。娘を撮る機会はいまやない。

そのセットを夕方、ストロボとともに売った。査定しているとき、店員は言った。
「かなりあちこち持ち出されたんですね」
「いえそうでもないですよ。あっ、初期はけっこう持ち出しました。アフリカに行ったときや尖閣諸島なんかもこれで撮りました。だけどいいんです。書く仕事を優先したいんで」
店員は僕の「一人語り」に「そうでしたか」と付き合ってくれた。

「ホコリが入って曇ってるのでちょっとお安くなってしまいました」
それでも査定額は17万円あまり。
それを元手に半分ぐらいの大きさのミラーレスのボディとレンズ二本、ストロボを買った。

新しいカメラに入れ替えたことで気分が一新され、心が浮き立つかと思った。しかし実際は逆だった。家に帰った後、気分がどんよりと落ち込んでいった。

2時間しか寝ておらず、その疲れのためなのかもしれない。そう思い、夕食も食べずに、しばらく寝てみた。それでよくなるかと思ったら、そうでもない。頭を休めたのに、気分は落ち込んだまま。
「このまま物書きをやっててもお先真っ暗だ」とかそんな心の声ばかりが聞こえてくる。

長い間、防湿ケースの肥やしになっており、換金しなきゃと、ここ数年ずっと思っていた。だけどこうして手放してみると、思い出がこもったカメラだったんだなと、改めて気付かされた。

****
3、4年前。同じカメラ屋にフィルムカメラを売りに行った帰り、急に涙があふれ出し、慌ててとってかえしたことがある。カメラを売ってこんなに動揺したのはそのとき以来のこと。そのときもフジヤカメラを利用したのだった。

思い出のこもったカメラは今後もフジヤカメラで売ることにしよう。査定しながら、僕のどうでもいい話に付き合ってくれた店員に感謝。

Appendix

プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
****************
近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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