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もはや話を聞けない~南洋の古老の死について考えた

先週、末永卓幸さん一家の一時帰国に際して開かれた懇親会に出席してきた。彼は長年、ミクロネシアのトラックに住み観光業を営んでいる平成の森小弁とも言うべき人物。http://www.trukoceanservice.com/index.html拙著「僕の見た「大日本帝国」」の南洋編は彼や彼の紹介してくれた現地の古老の協力なくしては書けなかった。末永さんに訊いた。「2003年に夏島を案内していただいたとき、現地の古老に思い出話をお聞きしたり、慰...

酋長になったプロ野球選手、逝去

拙著『写真で読む 僕の見た「大日本帝国」』のP189でミクロネシアで成功した日系人名士たちを紹介しました。その一人がチューク諸島でスーパーマーケットを営み、地域では屈指の経済人として知られる相沢進さんです。彼は36人いるチューク諸島酋長の酋長会議議長を務めていたそうです。パラオでもそうですがミクロネシアでは酋長の影響力は絶大です。チューク州のトップ政治家なんかよりも酋長のトップである相沢さんの方が...

皇室の桐の紋

拙著『写真で読む 僕の見た「大日本帝国」』にいくつかレビューが書いてあります。そのひとつ、やじうまという方の指摘を読んでハッとしました。情けないし、申し訳ない気分になりました。以下は引用です。さらに、「何かわからない文字‥」「扉の裏側には家紋のような紋様‥」 などのように、分からないものを分からないままにしている姿勢も、気になる。  前者は写真がないので私も分からないが、後者は明らかに皇室の桐の紋だ。...

伊東忠太を知っていますか?

今日、伊東忠太に関する書籍「伊東忠太を知っていますか?」を読了した。そこで伊東忠太について書いてみよう。彼は戦前を代表する建築家にして建築史研究家。妖怪好きの絵描きさんにして探検家。なんと百年前も前に(国費だが)4年かけてほぼ単独で世界一周しているのだ。中国、ビルマ、インド、中東、ヨーロッパにアメリカ。彼の建築のテーマは「アジア」と「妖怪」である。代表する建築、築地本願寺はインド式外観という突拍子...

神社の戦後~龍頭山神社

釜山タワーのある龍頭山には室町~江戸時代、倭館という日本の公館がありました。中は日本人街の様相を呈していて、航海の安全を祈る金比羅神社もありました。明治にはいると日本は韓国に開国させ、倭館のあった場所には日本の公館を置きました。日韓併合(1910年)をし36年間、植民地支配します。現在の様子です。タワーが建てられています。豊臣秀吉の軍勢を破った朝鮮の英雄、李舜臣の像が建てられています。...

神社の戦後~樺太神社編

日露戦争勝利により、北海道の北にある樺太の南半分が日本領土となりました。水産業や林業(製紙)などで栄えたそうです。終戦までの40年間日本領でした。もちろん神社も建てられました。樺太神社です。中心地の豊原(ユジノサハリンスク)に明治44(1911)年に創建されました。写真は昭和15(1940)年改築時のものでしょう。このころ皇紀2600年紀念ってことで神社を改築したりすることが多かったんです。これはたぶん樺太神社の...

神社の戦後~南洋神社編

昭和15年(皇紀2600年!)官幣神社である南洋神社がパラオのコロール島に創建されました。官幣神社は神社の格としては最上のものでその地域を代表するものでした。地域の日本人たちの信仰のためだけでなく、現地人の教化や日本のシンボルとしての役割も担っていました。ところが終戦。パラオはアメリカに軍事占領されます。日本が戦争に負け廃止されていた南洋神社はアメリカに破壊されてしまいます。(戦時中の空襲で、とい...

神社の戦後~南興(ペリリュー)神社編

フィリピンの東、グアムの南西に浮かぶ熱帯の島国、パラオ。戦前、ここは日本領でした。サイパンやパラオなど日本領土だった南の島々を南洋群島と称しました。行政の中心、南洋庁本庁がパラオの中心コロールに置かれました。コロールから船で2時間のところにペリリュ-島があります。ここは昭和19年、日米のあいだで大激戦のあった場所です。この島にも戦前神社がありました。昭和九年に創建された「南興神社」です。天照大神を...

神社の戦後~彩帆神社編

彩帆と書いてサイパンと呼びます。そう、サイパンも戦前は日本領だったのです。南洋興発という国策会社があり、サトウキビを中心としてミクロネシア一帯を反映させていました。サイパンはその中心地のひとつで、サトウキビでずいぶん反映していました。日本人が行くところには必ず神社ができましたから、当然サイパンにも神社ができました。彩帆神社が創建されたのは1914年といいますから、南洋が日本領になって早々のことです...

神社の戦後~安東神社編

中国と北朝鮮国境の街、丹東は日本統治時代、安東と呼ばれていました。安東神社は一九〇五年に創建された古い神社でした。日露戦争で戦死・病死した将校一二人、下士官一〇七九人の遺灰が臨済寺に集められ、その後、神社や表忠碑、桜の木などが建てられました。公園は満州一の桜の名所となり、春になると花見が行われ、戦没者を偲んだという。しかし敗戦後の一九四五年八月一七日ごろ神社は何者かによって爆破され、神殿は約二時間...

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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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