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シベリア鉄道に再チャレンジ

92年に世界一周を企てたんですが、北京からモスクワまでシベリア鉄道に乗ろうとして、宿からバスで向かう途中いろいろあり(拙著にその話は載っています)、乗れなかったという経験をしたことがあります。そこで10年ぶりに再チャレンジすることにしました。とはいってもハルピンから満州里と中国国内ですけど。ちゃんとモスクワ-北京と書いてありますね。飛行機が全盛になる以前、海外放浪はこの鉄道がメインルートだったそう...

満州国の首都

長春は満州国の首都となり、名前を新京と変えました。しかし首都であったのはたったの13年でした。最高行政機関の国務院です。日本の国会議事堂をまねて作られました。満州国の大臣はすべて中国人でしたが、実権はなく、次官の日本人がかわりに政治をつかさどっていました。満州国は実質的には日本の植民地だったということです。その元首にはラストエンペラー、溥儀が担ぎ上げられました。ですが彼には実権はなく、操り人形状態...

瀋陽(奉天)とその周辺の日本の跡

瀋陽駅、東京駅に似ているのは偶然ではありません。瀋陽の水の塔。インフラは日本本土よりも発達していたといいます。郵便局。鞍山のかつて神社のあった場所。おそらく鳥居に接ぎ木して中華風の門にしたのでしょう。かつての温泉は今も営業しています。地震もなく、火山もないところに温泉があるのは何でかねー。...

旅順にて

日露戦争(1904~05)の勝利の熱狂は太平洋戦争の悲劇的な終末への第一歩だったと結果的には言えると思います。その戦争の山場は対馬沖の日本海海戦と旅順包囲戦でしょう。乃木希典ひきいる第三軍は旅順の要塞を攻め続けましたが、なかなか落とせず、膨大な犠牲者を出しました。中には彼の二人の息子も含まれていました。標高203メートルの高台にある二百三高地を攻略することで、砲台を設置することができ、旅順港を上か...

大連に残る日本の足あと

日露戦争で日本の領土となった大連には日本の足あとがいろいろ残っています。鉄道跨線橋の日本橋(現在は勝利橋)です。かつての満鉄本社です。東本願寺です。中国では珍しい路面電車もかつての名残です。かつての横浜正金銀行です。摩天楼に囲まれてしまいました。今は中国銀行です。...

旧満州で会った人びと2

[関連したBlog]おじいさんたちがいたのであえて日本語で話しかけてみました。ですが誰一人理解する人はいませんでした。もしかするとわかっていても話したくなかったのかも知れません。「依法治国 建設社会主義法治国家」のスローガン。皮肉です。マイナス20度近くの中でこうして座っているのは働くよりも大変なんじゃないでしょうか。マイナス25度ぐらいでしたが危なくないんでしょうか羊湯という小便くさい食べ物を出してく...

旧満州で会った人びと

あれ、まだ人民服の人がいるよ。カシュガルからきたウイグル人がハルピンにいました。朝から仲良く氷割りノモンハン(旧満蒙国境)でお会いしたモンゴル人。マイナス30度の中でも元気です。かれらはどこに行くんでしょうか。...

知り合いのロックバンドのライブに行ってきた

[関連したBlog]東高円寺のライブハウスUFO CLUBというところで知り合いのバンドのライブを見てきました。告知を送ってくれたドラムの山本さん(The oyster and the flying fish)です。韓国からのバンド、Cocoreも来ていました。これはCocoreのメンバーの別ユニットです。Cocoreです。なかなかしっかりした演奏を聴かせてくれました。コプチャンチョンゴルです。右のギター、佐藤さんは韓国に行ったときいつもお世話にな...

旧満州でみつけたもの

ブタ田ヒカルでーす。中国のトイレはドアがありません。毛さん、さん、江さんです。溶けないんでアイスも段ボール箱のまま売ってます。延吉駅です。ハングルと併記してあります。...

ヤマトホテル

1905年に日露戦争に勝利した日本は、遼東半島のさきっぽの関東州(大連、旅順)と旅順~大連~奉天(瀋陽)~新京(長春)間の鉄道と駅前の土地などを手に入れました。そこを事実上治めていたのは満鉄(南満州鉄道株式会社)という国策会社でした。鉄道会社にとどまらず地域のインフラを整えたりもしました。列強に見せてもいいように当時の本土よりも先を行ってたそうで、水洗トイレ、舗装道などが整備されたそうです。外国人...

特急あじあの末路

旧満洲(中国東北部)シリーズを始めましょうか。第一回目は瀋陽郊外で見つけた日本の足あとです。特急あじあ号は昭和9年(1934年)に投入され、大連~新京(現在の長春)約700キロを8時間半、翌年にはハルピンまでの943キロを13時間半で走りました。煤煙と騒音を防ぐため、窓は閉められ、そのかわり冷暖房が完備されていました。最高速度130キロは戦後の新幹線こだまと同じです。写真は「図説満鉄/西澤泰彦」か...

将軍様、みーつけた!

おねだりにでもいらっしゃたんでしょうか?がおー?ギャオー。写真はすべて朝鮮日報(韓国の新聞)より。...

チブル星人、泣く

[関連したBlog]ど、どしたの?チブルくん、泣かないで。これも残ってたじゃが芋の一部です。なおチブルくんとはウルトラセブンの第9話「アンドロイド0指令」で出てきたチブル星人のことです。え、ご存じない?じゃここをチェックしてください。なおチブルというのはウチナーグチで頭のことを指すんですよね。...

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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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