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サハリン(樺太)のひどい道2

サハリンには川に道すらかかっていないことが多いです。かかっていてもこんな橋だったりします。ツンドラや針葉樹林砂漠これが最北端、というか北へ北へ行けるところまでいったら、最後は這い松で道がなくなってしまったんですね。ここを最北端としておきましょう。北緯でいうと55度ぐらいでしょうか。とにかく南の街コルサコフから北に1000キロぐらいのところです。かなりバテてしまっています。...

サハリン(樺太)のひどい道

原付きのスーパーカブで北海道まで来たついでに海を越えてサハリンも走ってみることにしました。道はほとんど舗装されていません。こんな道が約千キロ北へと続きます。このとおりあっという間にパンクしてしまいました。おまけに転倒です。運転が下手なのにこんなところまで来ちゃった自分の無鉄砲さを呪いましたが、もう遅すぎます。あまりに進むのが遅いのでホテルのある町までとても辿り着けません。だからこうしてテント泊です...

ロシアの鳥居

サハリンを旅していて思いがけなく見つけたのが、ウズモーリエ(白浦)という集落郊外の小山に残る鳥居でした。海を見下ろす高台にあるこの鳥居は60年以上に渡って変わりゆくサハリンの様子をここから見下ろしてきました。戦前の平和だった日本時代、ソ連が進攻してきた混乱期、窮屈だったソ連時代、そしてロシア時代。まさに歴史の証人です。この鳥居の目線で町を見ろしてみて、僕は日本の足あとを巡ることを決意したといっても...

ロシアの入学式

サハリン(樺太)を原付きバイクで旅行していて、盗難に遭い、それが縁で担当警官の家にホームステイさせていただくことになりました。翌日、警官の彼が制服ではなく背広を着て出ようとしているのでなんだろうなあ、と思って聞いてみると、「今日、娘の入学式なんだけどくるかい?」というではありませんか。時計を見てみるとその日は9/1でした。なるほど、日本と違ってロシアでは9月に入学式が行われるのですね。こんな機会は...

新しくなった入力画面についての雑感

[関連したBlog]入力画面を開くと「記事の作成」とデーンと大きく出てきて戸惑ってしまいました。ジャンルとかリストが最初から表示されているのはありがたいですが下書きのボタンが紛らわしくて邪魔です。間違って下書きボタンを押してしまい、しばらく公開されていないことに気がつきませんでした。そんなわけで、今のところはやはり使いづらいというのが率直な感想です。仰有る通りですぜ、兎さん。……ところがですね、良いところ...

樺太(サハリン)の短い夏

北海道の真北にあるサハリン(かつての樺太)にも夏があります。とは言っても5月まで雪が積もっている土地柄です。泳げるのは年に数日しかないんじゃないでしょうか。そんなわけで年に数日しかない泳ぐチャンスのために水着を買うことなどしないのでしょうか。下着のまま泳いでいるギャルがいましたよ。もりあがっているところにお邪魔して一緒に飲みまくりました。でも蚊取り線香を焚いたらトタンに嫌がられました。ところで左端...

地村さんの息子が「帰郷」直前にやらされていたこと

無人の田んぼに驚き=広い道路に興味-子供3人、地元の大歓迎に戸惑い地村さんの長男が両親や兄弟とともに福井県小浜市に「帰郷」したとき、道路から見える整然とした田んぼに驚いたそうですが、無理もないですね。一昨年、平壌郊外を訪れたとき、車窓から田植えの光景が見えました。どうやら学生らしい若者たちが一列になって人力で植えているようでした。トラクターやコンバインなどの機械は確かになかったですね。この時期、北...

日本をなぶり殺した米軍の島2

米軍に陥落させられるまで、テニアン島には日本人と少数の朝鮮人ぐらいしか住んでいませんでした。その人口は一万四千人で、製糖の島として栄えていました。もちろん神社もありました。南洋を隆盛させたのは南洋興発という会社でしたが、この神社はその関連の神社のようで、南洋興発神社といいます。咲いているのは南洋桜です。日本人あるところには遊郭がありました。このバルコニー跡もそうです。洋風の手摺りの前に女たちが出て...

日本をなぶり殺した米軍の島

太平洋戦争の終盤、米軍はB29で日本中の都市という都市を無差別爆撃するという暴挙に出ました。日本の都市には中心に軍事基地が置かれていることが多いので、攻撃は仕方なかったといいますが、そこには軍人ではない一般人の生活があったわけです。皇居や京都をあえて目標から外す人道的配慮をしたとかなんとか言ってますが、大量無差別虐殺という事実は動かし難い事実だと思います。もちろん彼ら米兵がノイローゼになるぐらい日...

サイパンに行ってきました4

実はサイパンってパラオと同じで戦前30年あまり日本領だったんですよね。島中SLが走ってて、砂糖キビを運んでいたそうな。だからこんなのもあったし。こんなのもあった。(今も人が住んでます)でも繁栄はそう長くは続きませんでした。米軍との間で地上戦が行われたのです。その結果、アメリカのものになり、ここからB29が毎日のように日本を爆撃するようになりました。地上戦はたった3週間しか行われなかったにもかかわら...

サイパンに行ってきました3

おおっホテルの前が燃えている。あれ、ここサイパンのはずだけど。中国人がやけにおおいなー。おまけに怪しい客引きも多いなあ。ボクチン、なんでか教えて。...

サイパンに行ってきました2

さすが南国。メフィラス星人?戦後、島を覆い尽くしたタガンタガン。牛くんごめん。砂糖キビ積み出し埠頭跡です。弾痕が生々しいですね。...

サイパンに行ってきました

空港を一歩裏に回るとこの通り。管制塔のすぐ裏に日本時代の防空壕。乗ったタクシーの運転手はいきなり「君が代」歌い始めちゃうし。日本時代の建物のトイレは和式だし。戦車のタイヤは明治タイヤだし。でもワンちゃんはグアムよりずっときれいですね。...

横井庄一さんの穴

横井庄一伍長は戦争が終わったということを知らず、1972年までグアムのジャングルに潜んでいました。とはいってもミクロネシアって私有地ばかりの土地柄でしたから、彼の潜んでいたところも地元の地主の土地でした。つまり人の庭でずっと生活していたことになります。その場所からほど近いところに彼の生活ぶりを再現してありました。あれっこれが横井さんかなあ。停電していて彼の写真がどこだかわかりませんでした。これがそ...

トラックのタクシーはトラック

チューク諸島は日本時代、トラック諸島と呼ばれていたのですが、タクシーは本当にトラックです!!!ここは諸島の中心地、モエン島(かつての春島)です。なぜかどの車も時速20キロぐらいで走っている片道10キロほどしかない島のメイン道路には、タクシーの免許なんて要らないのか10台に一台ぐらいはタクシーを見かけます。段ボールの切れ端にマジックでTAXIと書いてフロントガラスの内側に置けば、あーら不思議、だれで...

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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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