Entries

スポンサーサイト

6月

6/1 オーマイニュース、連載第二回掲載。テーマは戦前の与那国島。6/6 オーマイニュース、連載第三回掲載。テーマは敗戦直後の密貿易。6/8 オーマイニュース、連載第四回掲載。テーマは台湾に残る日本、知られていない与那国。6/13 オーマイニュース、連載第五回掲載。テーマは国境交流特区。6/25 31万HIT達成。ありがとうございます。6/28 日本初のスパイ&テロ専門誌「ワールドインテリジェンス」...

日本初のスパイ&テロの国際情報専門誌に掲載される

たまに原稿を寄稿している軍事雑誌「軍事研究」、その別冊に「ワールドインテリジェンス」という雑誌があるそうで、その内容はとてもマニアック。日本や世界の諜報機関についての記事がてんこ盛りで他のメディアには載っていない、僕の知らなかったことばかり。このたびその雑誌でなぜか僕の記事がグラビアに掲載されました。尖閣諸島について。スパイ&テロとは関係のない内容なので、箸休めってことなんでしょう。「中央公論」と...

竹島に上陸してちょうど1年

昨日の午後5時、過去の日記を開いて読んでいて、ふと気がつきました。ちょうど一年前の同じ時間に竹島に上陸していたことを。2006年6月13日17時のことでした。5月5日に両親が上京したときに購入したお饅頭「竹島ものがたり」をまだ食べていなかったので、上陸一周年記念ということでいただきました。写真はお饅頭の包装ですが、韓国が女島に建造した施設が写っていません。ということはだいぶ前の写真のようです。この...

連載最終回、島の自立と国際化

オーマイニュースでの連載が最終回を迎えました。今回は島の今後について考えてみました。写真は与那国島の久部良港。島の女性たちがカジキをさばいていました。...

連載第4回目、台湾に残る沖縄と日本の足あと

連載4回目は舞台を台湾に移し、与那国島の人たちが通っていた町をたずねます。写真は基隆市中正区正濱里にある「漁會正濱大楼」。昭和10年(1935年)建造。コンクリートが剥落したりと老朽化が進んでいましたが、当時の李登輝総統が付近の漁港を視察した際、「北台湾の漁業の発展の証拠だから保存する必要がある」と明言、2002年に歴史建築として登録されたそうです。...

連載第3回目、密貿易の時代

与那国の連載の三回目です。密貿易の時代について書きます。戦後まもなく沖縄はほぼ鎖国状態におかれました。そんな中、生きるため人々は台湾や香港、日本本土へ船を出しました。拠点となった与那国島の久部良港はバーター取引で不夜城のような賑わいでした。その時代を知る人々の光と影について書きました。『僕の見た「大日本帝国」』の台湾編の書き出しに与那国のことを書きましたが、そこに登場するおばちゃんを再登場させてい...

鼻が膿んだ

昨日ぐらいまでの数日、もげるんじゃないかってぐらい鼻がジンジンし肥大化しました。で今日になって急速に鼻の頭に膿がたまりました。こんなに膿がたまるのも珍しいのでアップします。普段なら膿を出してしまいたい衝動に駆られますが、いまのところつぶさないでいます。傷口を開いて膿を出してしまったら治りが遅くなるのはもちろんですが、どんどん黄色くなる自分の鼻の頭を観察するのが楽しくて仕方がないってことの方が理由と...

連載第2回目、台湾とつながっていた戦前の与那国

戦前、与那国島は台湾経済圏の一部でした。島で流通する品物はもちろん、仕事や学業のため台湾へ出かけることは珍しくありませんでした。修学旅行も台湾へ出かけました。写真は島に住む久部良雄幸さんが台湾へ出かけたときのものです。オーマイニュースの連載第二回。ここをクリックすると連載に飛びます。...

Appendix

プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
****************
近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

Twitter

 

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。