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諏訪湖畔にて 片倉館その2

サハリン(旧樺太)の狛犬が靖国神社の狛犬とそっくり、ということでそれぞれの狛犬の作られた経緯を調べたところ、浮かび上がってきたのが諏訪の片倉家だ、ということは昨日お伝えした通りです。

昭和8年、片倉家が鳥居と狛犬を靖国神社に奉納したのです。

鳥居と狛犬を奉納できるほどの財力を持つ片倉家とはどんな一族だったのでしょう。

以下、ウィキペディアより抜粋。

片倉財閥

1873年(明治6年)片倉市助が長野県諏訪郡川岸村(現在の岡谷市)で座繰り(ざぐり)製糸を開始したのを嚆矢とする。 「シルクエンペラー」と呼ばれた二代目片倉兼太郎(片倉佐一)の手により、製糸業から発展。1895年(明治28年)片倉組を設立し、東京京橋に進出。以降、業容を拡大し、一財閥を形成した。

戦後の財閥解体で解散となる。

創立50年を記念して、諏訪市に温泉施設片倉館を建設。現在も残っており、諏訪市指定有形文化財になっている。


財閥としては解体されていますが、企業としては健在のようです。以下の通り。

片倉工業株式会社(かたくらこうぎょうかぶしきがいしゃ)はショッピングセンター等の不動産運営・賃貸、自動車部品等の機械製造販売、繊維製品の製造販売を行う会社。子会社を介して医薬品、繊維製品、農業用機械、消防車等の製造販売も行っている。 肌着のブランド名は「キャロン」

戦前の片倉家の隆盛を今に伝える建物が片倉館で、僕はそこに靖国の狛犬関連の写真を借りたというわけです。写真は片倉館の模型です。左が会館棟、右が温泉棟です。


鳥居と狛犬を奉納した経緯は片倉館にもほとんど資料が残っていないため不明ですが、片倉館を建てた趣旨は以下のとおりです。
二代目の片倉兼太郎の時代でした。この兼太郎氏、なかなか興味深い人物です。写真は温泉棟のエントランスに置かれている兼太郎氏の胸像。

■設立
片倉館は、大正から昭和の初期に日本における輸出総額の約1割が絹製品であった当時、シルクエンペラーと称された片倉財閥により地域住民に厚生と社交の場を供するため昭和3年に竣工され、それを運営する(財)片倉館が昭和4年に設立されました。

■設立の背景
当時の片倉財閥当主、二代兼太郎社長は大正11年~12年にかけて北中南米~欧州へ全行程約20万kmに及ぶ視察旅行を行い、その際ヨーロッパ各国の農村には充実した厚生施設が整っている事に強い感銘を覚えました。
我が国にもぜひそのような地域住民のための施設を提供したいと一族に計り、上諏訪に住民のための温泉、社交、娯楽、文化向上を目的とした片倉館が誕生しました。
特に当時のチェコスロバキア・カルルスバーグに在った厚生施設に特に強い関心を覚えたようで自身の日記にも訪問体験を詳しく記し片倉館建設にもそのアイデアが多く採り入れられています。

■建物
建物の設計は1897年(明治30年)東京帝國大学(現東京大学)造家学科を卒業、更に5年間同大学院で学んだ森山松之助氏(1889~1949)によるものです。


森山松之助は台湾総督府の設計などに取り組んだ人物。片倉館のデザインにも彼独特の作家性が発揮されていると思います。


片倉館の内部を特別に見学させていただきました。
会館棟の1階廊下です。
レトロな洋館風の外観とは一転して、和風なテイストです。まるで老舗旅館の廊下のようです。以前僕が住んでいた、昭和30年代に作られた古いアパートを彷彿とさせます。実際、片倉館ホームページには以下のように書かれています。

【特徴】
当館は定型的な形式にはあてはめ難い個性的な建物で、強いて言えば1900年前後から30年代にかけて、アメリカ等で発展したゴシックリバイバルまたはロマンティックリバイバルに属すると考えられますが、細部に於いては窓、切妻、レリーフ、ステンドグラス等各時代、各国の様式が巧みに採り入れられ、しかもアンバランスを生じない非凡な設計が施されております。また外観からは内部の和室が、反対に内部で障子を閉めると外観が洋風であることが全く判らない、他に余り類を見ない建物であります。



二階は畳敷きの広間となっていました。
昭和天皇が皇太子時代に行啓した台北郊外の北投温泉にも同じく畳敷きの広間がありました。違うのはこちらには舞台が備え付けられていることです。

建てた目的として、上諏訪に住民のための温泉、社交、娯楽、文化向上を目的とした片倉館が誕生しました。との一文が書いてありましたが、上諏訪住民のための娯楽、文化向上の一翼を担ってきたようです。


窓の外にはさきほどのレトロな洋風建築が広がっています。
外からは畳敷き和室があるなんてとても思えず、逆に中からはここが洋風の外観だということがにわかには信じられません。

それでいてバランスの悪さを感じさせない。和洋折衷の見本のような建物です。


AUTHOR: bashishi DATE: 09/16/2007 09:42:47 今年のGWに、片倉館の温泉に入りました。さいたま新都心にホームセンターカタクラがあるのですが、諏訪の片倉館とそんなつながりがあるとは知りませんでした。驚きです。(さいたま時代、近くに住んでいたのでなお更です)
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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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