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昭和天皇が疎開していたかもしれない土地へ1

長野駅からバスで約1時間、松代という町へやってきました。
山に囲まれた風光明媚な町です。観光案内所で無料の自転車を借り、我々がまっさきにやってきたのは松代大本営という場所です。

松代大本営とはこんな場所です。

太平洋戦争末期、本土決戦に備えて、天皇皇后の移転も含めた首都機能の疎開のため、地下坑道や天皇御座所が作られました。それらの跡が今も残っているのです。


最も大規模に坑道が残っている、象山地下壕へと入っていきます。
中は15℃ほど。硫黄島のは背を曲げないと移動できないぐらいの広さ(医務科壕を除く)でしたが、こちらは乗用車が通れるぐらい広い穴と同じ壕でも穴の広さがまったく違います。それもそのはずで、木造の部屋が作られる予定でした。実際に作られた部屋もあったようですが、穴が続くだけで、何も残っていませんでした。

壕を掘ったのは徴用などで来た朝鮮人たち。24時間ぶっ続けの突貫工事で掘り進められました。落盤などで命を落とす者もいたそうです。

公開部分の一番奥まで歩いて帰って来ました。往復で1時間ほど中にいました。中は暗い壕が広がっていただけですが、退屈だという気持ちはまったく抱きませんでした。

この壕が実際に使われていた場合、つまり本土決戦が開始されていた場合、日本はどうなっていたのでしょうか。そんなことを考えていたのです。


AUTHOR: キジ DATE: 10/08/2007 00:31:30 本土決戦を行い膠着状態に陥った日本をパラレルワールドとして描いた村上龍の「五分後の世界」を思い出しました。うん、いつか行ってみたいです。
 
 松代の大本営と聞くと、「エヴァンゲリオン」も思い出します。
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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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