Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://nishimuta62.blog114.fc2.com/tb.php/1187-275c4c28

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

ビルマ(ミャンマー)情勢に思うこと1

会社を辞め、ピースボートで地球一周をすべく毎日ビラ配りをしていた93年末~94年4月末、ときどき通っていたのが事務局と高田馬場駅の間のうどん屋でした。カウンター式の店で立ち食いそば屋並みの値段が、困窮していた当時とても重宝しました。お店に立っていたのが理知的な顔立ちの浅黒い肌の3人の男女で、不法労働のため、日本にやってきてるんだろうと当初は見ていました。インテリの彼らですら日本円がとても魅力的に見えるのかな、なんて彼らの素性を推測していました。

顔なじみになり、話してみてわかったのは彼らは国に帰れない人だということでした。88年の民主化運動で立ち上がった学生だというのです。仲間の中にはもちろん殺された者もいます。生きた者でも軍による鎮圧後の生活ぶりは過酷です。当局にとらえられ刑務所に収監されている者、少数民族の独立戦線に参加する者、タイに逃げた者、口をつぐんで生きている者。

彼らは軍事政権を認めていないため祖国のことをミャンマー、首都のことをヤンゴンとは決して言わず、それぞれの旧称であるビルマ、ラングーンと称していました。高田馬場付近にはそのころビルマ人のコミュニティができていて、その中にはこうして民主化弾圧の末逃れてきた人たちがすべてではないにしろ多数混じっているようでした。

彼らの話を聞き、軍事政権の極悪非道な恐怖政治は許せないと当時、強く思いました。かといって僕に何ができるのかわからず、気にはしていましたが、地球一週前の忙しさにかまけ、何もしませんでした。そして94年7月、地球一周を果たして、東京に戻ってきてからは高田馬場に行く理由がなくなり、うどん屋からも足が遠のきました。

いつのまにかうどん屋は別の店になってしまいました。お店がかわるということは彼ら民主化運動家たちの足取りがわからなくなると言うことを意味していました。僕は彼らとは住所を交換してまでのつきあいをしていなかったのです。ビルマ情勢については楽観的な考えでした。少数民族との停戦が結ばれているし、日本の企業がぼちぼちと進出しています。こうした表面的な報道から、どうせこの国もぼちぼち豊かになっているんだろう。軍事政権の政権運営も経済最優先で、以前ほどは強権的ではなくなってきているんだろう、と勝手に想像していました。

ところが今回の一連のデモ、そして暴力による鎮圧です。
報道により二つのことに気がつきました。
あの国の本質は何も変わっていなかったこと。
自分がずいぶん長い間ビルマに興味を失っていたことです。
気がついて僕は愕然としました。

あのときのビルマ人運動家が今、どうしているのかは知りません。会ってみたい気もしますが、名前を忘れてしまったので探しようがありません。どこにいるのかはわかりませんが無事を祈るばかりです。

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://nishimuta62.blog114.fc2.com/tb.php/1187-275c4c28

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
****************
近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

Twitter

 

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。