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北方領土で携帯を使ってみる

北方領土の国後(クナシリ)島に行った。ムネオハウスの存在で話題になった例の島である。北海道の知床半島などから島の稜線をはっきり確認できるほど近い。"日本固有の領土"なので日本地図には当然、日本の領土として描き入れられている。
 罪の意識のようなものはなくもなかった。というのも日本政府はロシアからビザをとって行くことはロシアの領土だということを認めてしまうからだと説明しているからだ。そのかわりビザなし渡航というのをやっていて、旧島民や返還運動者はその団体旅行に参加できる。僕も参加しようと思って連絡してみた。だが、なんのつてもないので門前払いをくらってしまった。
 見ないで論じてどうするか。
 これが僕のやり方である。詳しい方法は端折るが、なんとか今回の渡航にこぎ着けたのであった。


FI108276_0E.jpg

実際、島に渡ってみるとまさにロシア。なお上陸はムネオマネーで作った桟橋にやはりムネオマネーで送った艀(はしけ)で渡ったのだった。宿泊は俗称”ムネオハウス”と呼ばれているビザなし渡航用の宿舎。泊まっているのは僕だけだった。
 外を歩く。社会主義の国にありがちな集合住宅が並び日本家屋は皆無。道路は舗装がまったくされていないジャリ道。車が通るたびに砂煙があがる。店の看板はエキゾチックで解読不可能なロシア語。住民は白人がほとんど。日本語など通じるはずがない。食べ物はパンが主食。ハムをはさんでウォッカを酌み交わす。そんなシベリアのどこかの町にいるかのような世界が広がっていた。

FI108276_1E.jpg

「海上は沖10キロまで通話可能です。国後島は圏外です」(ドコモ北海道)
 携帯電話の通話範囲について問い合わせるとそう返答していた。
 実質ロシア領なのだから基地局があるはずはない。しかし試して言っているわけではなかろう。島は本来、日本のはずなのだし、繋がってもいいじゃないか。島内に携帯電話(ドコモD251i)を持ち込み、各地点から通話とメール送信を試みた。
 島の一番南のゴロブニノ(泊)から対岸の野付半島までは約20キロ(②③)。ドコモの言う通話範囲の倍の距離だ。だが返答とは裏腹。アンテナは1~2を往復と不安定だがなんとか通じた。野付半島のアンテナからの電波を受信しているのだろうか。「聞こえますよ」と編集長の声。しかしその言葉を聞いた途端、圏外となりプッツリ途絶えた。
 受信のクリアさ加減は距離に比例するのだと思っていたが、そうではないらしい。知床半島の山並みがくっきり見渡せる島の東海岸(④⑤)。知床までは約40キロもあったが、携帯の画面にはアンテナが3つ表示され安定していた。通話は都内からかけているかのようにクリアだった。知床の電波が海を越え、受信しているのだろう。

FI108276_2E.jpg

"帰国"後、事情をドコモに訊くと、
「天気や地形などによっては繋がる可能性もありますね」とのこと。
 しかし人間は電波のようにはいかない。政治的な理由で北方領土(国後島を含む)は一般人の渡航が困難なのだ。本来は北海道から日帰りできる距離だというのに島に渡ろうとして30万円、出発してから1週間も費やしてしまっていたのだった。
(「ラジオライフ」2004年2月号に掲載)
FI108276_3E.jpg

(地図注釈)
①ゴロブニノ(泊)から10キロほど手前。野付半島の見えた見晴らしのいい下り坂。画面上のアンテナは3つ立ち、安定。電話するも切れることはなく、音声はすぐそばにいるようにクリア。野付半島まで最短で28キロ。
②ゴロブニノ郊外、草地の広がる湿地帯。平坦で遮蔽物なし。海に面している。国境警備隊の管轄のエリアだったところ。アンテナ2つ。写真送信可能。編集部に電話すると、話をすることは出来たが、通話中にプッツリ切れ、圏外と表示された。iモード写真120ドット四方のもの一枚送るのに一分はかかった。野付まで最短で23キロ。
③ゴロブニノ郊外の日本時代の建物の上(高さ3メートルほど)。周りは草で覆われている。海はすぐそばのはずだが見えず。アンテナ1~2。電話可能。編集部に電話すると「はっきり聞こえる」とのこと。野付半島まで最短で20キロ。
④海の反対側に知床を臨む砂浜にて。アンテナ3つで安定。通話はクリアで都心にいるかのよう。iモード写真も同様。スムーズに送れた。知床半島まで最短で34キロ。羅臼の町までは49キロ。
⑤遮蔽物のない海沿いの道。車中からメール。アンテナ1~2。120ドット四方の写真を一枚iモードで送るのに約1分かかった。知床半島まで最短で40キロ。羅臼へ44キロ。
⑥山の中のメンデーレエフ空港周辺。アンテナは圏外から3つと不安定。かけたがつながらず。羅臼まで48キロ。
⑦ユジノ・クリリスク(古釜布)市街のムネオハウス。岬の端の高台付近に位置している。ずっと圏外。羅臼まで54キロ。
⑧かつての植内(廃村)のあたりの海岸沿い。海岸の反対側は山。圏外。羅臼まで60キロ。


詳しい写真ルポはこちらFI108276_4E.jpg

TITLE: 宗男ハウスならぬ神戸ハウスをインドネシアで発見 URL: http://www.expat-japan.com/blog/archives/000107.html IP
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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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