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カブールの本屋―アフガニスタンのある家族の物語

カブールの本屋―アフガニスタンのある家族の物語

アスネ セイエルスタッド (著)
Asne Seierstad (原著)
江川 紹子 (翻訳)

出版社からのコメント
 タリバン政権崩壊後、アフガニスタンのカブールにある書店主一家と出会い、その大家族と生活を共にしたノルウェーの女性ジャーナリスト。
 本書は、彼女の目を通して、アフガニスタンの歴史や政治情勢はもちろんのこと、知られざる市井の人々の日常生活やいまだに根強く残るイスラム社会の女性差別、そして一家の家長に逆らうこともできず翻弄される家族の姿を、内側から描いた問題作です。
 翻訳はジャーナリストの江川紹子さん。初めての挑戦です。
「日本語って、本当にむずかしいですね!」とは、翻訳後の江川さんの一言。
 でも、その江川さんの名訳で、350ページ以上の長編ですが、堅苦しい内容も非常に読みやすく、ぐいぐい引き込まれ、一気に読んでいただけるのではないでしょうか。
 そして、世界のなかの「日本を知る」いい機会になるかもしれません。
 男性、女性を問わず、たくさんの方に読んでいただけたらと願っています。


カバーの折り返しコピーや著者インタビューを読み、アフガンの家族のあり方を西洋的な切り口で安易に斬っている、欧米に広がりつつあるイスラム社会への嫌悪感を裏付けるような本なんじゃないかという印象を持ちました。200万部も売れたのは、そうした嫌悪感を煽りたい政治家や運動家に宣伝されたりしたことが理由なんじゃないかと予想していました。

ところが読んでみて良い意味で裏切られた思いがしました。インタビューや前書きでのいかにもといった西洋人的な物言いとは違い、本文には著者の姿はまったく出てきません。淡々と家族(一族)の風景がつづられていきます。文章は訳者の力量なのか原文がうまいのかはわかりませんが平易な文体ですいすい読ませます。

男性だと入れないところへも果敢に入り込み、内側からルポをしたという功績は称えられるべきです。なるほどと膝を打つ場面が多々ありました。

そんな思っていたよりもずっとまともな本でした。文章だけ読んでいれば満足の内容です。内側からの視点というのも新鮮で面白い。しかし取材や書き方の手法に不満を感じました。

なぜ取材期間が4ヶ月なのか。こうした滞在ものの本の取材はだいたい1年ぐらいはやらないと公平ではないように思われます。というのも個人差はあるにせよ滞在時期によって見え方が全然変わってくるからです。最初の3ヶ月は何でも新鮮に見えますが、その後3ヶ月は異文化が不快で仕方なくなり、反発します。そのあとは、嫌悪感、違和感を持ちながらも受け入れる諦めの時期といった感じで続いていきます。4ヶ月というと異文化に対しての反感だけしか心に残らないように思われます。いくら理不尽でもそれを諦めて受け入れる時期があってこそ客観的にものが見えるような気がするのです。

中産階級の家族を取材対象とした必然性もあまり感じません。家族のあり方の違いを書きたいんであれば田舎に住む典型的な大家族の方がマッチしているような気がしました。欧米と家族のあり方が全然違うということがその方が強調できるような気がします。そうではなくて、ある程度、西洋化されている家族の方が、欧米的価値観とイスラム社会の価値観のあいだで揺れ動く様子が際だちリアルだというのであればその落差をもっと強調すべきです。特に外の世界を知っている父親スルタンの心理描写がもっと欲しい気がしました。

各人の細かいエピソードなんて必要ありません。特に18章の「我が母ビンラディン」なんて本筋と全く関係がないのになぜ入っているのかよくわかりません。

著者と家族との関係性が見えないところも不満です。現地語の話せない著者がこうした話を書くのならば、取材者をひとりの登場人物として出し、「外国人の異文化体験」という側面を全面的に出して開き直るほうが潔いと思います。その方が読んでて入り込みやすいですし。それなら言葉のハンデという欠点があってもそう問題には思わないのですが、この書きようでは話の信憑性に問題があるように思います。家族同士の会話は全然理解できていないはずですが、著者自身の「わからない」という言葉が本文には一言も書かれていません。

実際、家の中では現地語で彼女への悪口が飛び交っていたのかもしれません。ちょっとしたつぶやきなども聞き逃しているはずです。また目撃していてもよくわからない場面というのもあったはずですが、そうしたことの描写も書いていません。本の中でわからないことをわからないと表明せず、家族のうち英語の話せる三人からの話や彼らによる通訳を元に小説仕立てに組み立てたっていうのは手法として疑問符です。

書き方に配慮が足らないのも気になります。女湯の描写や敬虔でない礼拝習慣などの描写はリアルだと思いましたが、本屋主人スルタンの息子の不純異性交遊、ドラッグの描写ってのは書かれた方としてはシャレにならないような気がします。戒律の厳しい社会だけに描写された息子さんは社会的に抹殺されないか心配です。一族の人たちは田舎の人たちなんかよりは取材されることの意味をずっと理解していたとは思いますが、それでもこんな書かれようとは想像もしていなかったのでしょうね。

取材された方が裁判を起こしたそうですが、そりゃそうだろうと思いました。あけすけに書かれたということへの怒りというのもあるのでしょう。彼女の配慮のなさですね。あとは言葉の問題などに起因する彼女の底の浅い取材と中途半端な異文化理解≒誤解に対しての異議申し立てという意味合いが大きかったのではないでしょうか。

アフガン有数の本屋一家という特殊な人たちというのが本当であれば、家族の名前をすべて仮名にしてもまったく意味がありません。すぐに誰かわかります。そういう意味でもこの家族を取材対象を選んだのが良くない選択だったといえます。田舎でなくても、同じカブールでももっと特徴のない人たちを取材対象にすべきでした。国際裁判なんて起こされることもなかっただろうし、そもそも読まれて激怒させることもなかったでしょう。ツメが甘いです。

結局のところ、この本のスタイルは売れっ子戦場ジャーナリストという彼女の立場が決定したんでしょう。

取材対象の決定は縁があり英語が話せ取材しやすい人たちだったからってことでしょう。田舎に住み込むのって大変です。現実的ではありません。環境が劣悪でしょうし、言葉の問題もあります。それに取材を受け入れる家族が田舎だとなかなか見つからなかったように思います。

彼女のように忙しい人は新聞等で記事を発信する必要があったのでしょうから、カブールを離れることは現実的でなかったのでしょう。4ヶ月という期間についてですが、アフガンからイラクへと世界の興味が移っていったから一族の密着取材以外することがなくなった。だから切り上げたって言うところなんじゃないでしょうかね。現にこのあと彼女はイラクへ取材に行っています。

そうとでも解釈しなければスタンスの中途半端さは説明できません。でも、もしそうだとしたら、それっていかにも安易です。

200万部ものベストセラーになっていなければ充分、及第点なのですが、同い年の書き手がこれだけ売れているというやっかみ(笑)、上に挙げた欠点とそれぞれ減点して五段階で三点とします(二点はひどすぎるので訂正しました)。

※訴訟以後に出されたアメリカ版は問題箇所の表現を訂正したもので、それを元に日本語訳されたそうです。取材された家族に送られ、激怒させたという訂正前のバージョンとはどのような違いがあるんでしょうか?あんまり違いはないような気がしますが、訂正前のバージョンを一応読んでみたいと思いました。

機会があれば在日アフガン人やアフガンに足繁く通う知り合いの女性写真家にこの本の感想を聞いてみたいと思います。


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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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