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ノモンハンにある博物館

さて昨日紹介したノモンハンの集落ですが、そこにはノモンハン事件の博物館がありました。

それは廃校になった平屋の学校を利用したものでした。 ハンゴー、眼鏡、刀、防毒マスク、銃とこまごました個人のものがガラスケースに入れられ、床の真ん中には砲弾が均等にならべられて、鉄くずのような物がその中に「無造作」にならべられていました。
 それは室外機のような飛行機の部品であったり、重ねられた土のついた鉄兜でした。

 日本人が結構おとずれるらしく、ノートには去年の夏の日付と日本人の名前があったし、ケースの傍らには千羽鶴が添えられていた。また外には記念の植樹(一九九三年)がなされていました。


日本ではノモンハン事件と呼ばれていますが中国では諾門軍戦争です。

実際のところ、これは日本とソ連による国境戦争でした。昭和14年(1939年)の5月~9月に衝突しましたが、飛行機や重戦車など最新兵器で攻めてくるソ連に対して日本は日露戦争と大して変わらない装備しかありませんでした。
日露戦争のときは乃木将軍率いる第三部隊は銃剣突撃ばかりをくりかえし、死体の山を築いていきましたが、この戦争でも戦術に大した変わりはありませんでした。

関東軍の第23師団は壊滅、1万数千人もの死傷者が出たといいます。


兵隊さんはこの銃剣を手にソ連の重戦車に向かい、散っていったのでしょう。


731部隊の前身、関東軍防疫給水部がハルハ河にペスト菌を撒くという細菌戦をやったりしたそうです。

この防毒マスクはそのときに使われたものでしょう。



折り鶴は元兵士の方が持ってこられたものでしょうか。




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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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