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神様になった日本人警察官

台湾の廟は数々の神がいる。主神は四五〇にも及ぶそうだ。民族系、仏教系、道教系、自然崇拝系などありとあらゆるものが信仰の対象になっている。
 「義愛公」こと森川清治郎巡査も対象だ。

 一八六一年の横浜生まれ。昔かたぎで謹厳実直、当時の典型的な日本人だったそうだ。明治三〇年(一八九七年)、三七歳のとき巡査として家族とともに台湾に渡り、副瀬村に赴任した。当時の台湾は日本領になった直後でインフラ(社会基盤)も未整備で衛生が悪かった。伝染病がまだまだはびこっていた。また治安は悪く、事件が絶えなかったそうだ。森川巡査はそうしたなか、子供たちに勉強を教えたり、農業を指導したりと尽力した。そして村人の厚い尊敬を得ていった。

 厳しい漁業税が制定されたとき、貧しい村人は、軽減を巡査に哀訴した。村人を思う気持ちの強い巡査のこと。それは忍びない、とその意を上司に申し出た。しかし願いは曲解された。実情調査もせずに門前払い、しかも懲戒処分にされた。無念だったのだろう。村民のために尽力してきた巡査は抗議の自殺をした。

 時は流れ、大正一二年(一九二三年)村の周辺で伝染病が流行した。村民の不安が日増しに高まったある日の夜のこと。村長の枕元に、制服姿の警官が立った。
「平素の生活、とりわけ飲食に注意し、生水や生物を口にしないこと。そうすれば必ず治る」と告げた。村長はお告げ通り、対策を講じた。すると伝染病は広がらず村は落ち着きを取り戻したという。

 村民たちは感謝した。会議をひらき、神として祀るよう、みなが一致した。制服制帽の巡査が椅子に腰かけている高さ五〇センチほどの木像を作り、富安宮内に合祀した。
 疾病を治してくれる存在として、台北、台中、高雄などから貸し出しの問い合わせが相次いでいるのだという。そのためご神体をあと二つ作ったのだそうだ。彼の故郷、横浜にも里帰りしたこともあるそうだ。


AUTHOR: 酒呑童子 EMAIL: bluemoon-light@mail.goo.ne.jp URL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/5792 DATE: 06/08/2004 08:52:59 私は、この手の話には弱いのです。
思わず、ジンとしてしまいます。
若かった頃は、極めて冷静に受け止めて、考えることから始まったのですが、今はまず、涙が出そうになってしまいます。
これは、間違いなく老齢化現象の現れですから、気をつけたいと思います(とは言っても、加齢に対しては、気をつけようがないのですが)。
ところで、三上寛和尚のライブは、私が住まいする札幌ではなかなか開催されません。
もし、札幌で開催の折は、ぜひ、と思っていますが。
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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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