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敬礼する台湾原住民

山の中の温泉からあがった帰り、台湾原住民のお年寄りとお話しした。彼らは日本時代、高砂族と呼ばれていた。

「お名前は?」
「竹山勇三です。ゆうは勇ましいのゆう、数字のさんです」
 すらすらと迷いもなく説明したので戸惑った。
 台湾の面白いところは、都会よりも田舎のほうがコミュニケーションがとりやすいことだ。山間部や東部では五十歳以上、西部の都会では七十歳以上が日本語が通じるという。というのも各民族ごとに交流がなく、お互い言葉が通じなかったところに共通言語として日本語が普及したせいらしい。
「…中国名と部族の名前は?」
「陳徳金。高砂族の名前はピナンです」
 すらすらと名前を僕のノートに書きこんだ。
「高砂族ですか…。何族なんですか?」
「タイヤル族です。今、台中から親戚の所に遊びにきています」
 彼ら、タイヤルはもともとは首狩りの風習を持つ民族だった。焼き畑や狩猟をしていて生活していた民族だという。だけども目の前にいるおじいさんは顔は少し浅黒いが、そういう名残は全くない。服装も青いポロシャツ。洋服だ。
「おいくつですか?」
「七六歳です。教育は日本語で受けました」
 ちょうど日本全体が戦時体制に入っていくときに教育を受けたらしい。
「そのあとは戦争です。軍曹でした。出撃のとき日本刀を持っていました」」
 日本人の兵隊が銃を携帯していたのに比べ、彼らは刀のみだったという。
 彼ら、「高砂族」の義勇隊は銃を持たされなかったそうだ。それでも派遣された南方戦線で大活躍をし、日本人の戦友たちから厚い信頼が寄せられたという。
 勇敢で軍紀を厳格に守るというのは彼らの民族性にちょうど合っていたというのもある。また彼らは山地で鍛えられた体力と野生の勘があった。ジャングルや山地に慣れない日本人(つまり今の日本のこと)の戦友たちが苦戦を強いられる中、彼らは任務を着実にこなした。彼もその活躍した一人なのだろう。

 お別れのとき、このように自然と敬礼のポーズで送っていただいた。
 竹山さんは今も日本時代の礼儀正しさを持っているのだ。つられて僕も背筋がピーンとなった。


TITLE: No.199 高砂義勇兵 URL: http://blog.livedoor.jp/eats/archives/3817957.html IP
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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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