Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://nishimuta62.blog114.fc2.com/tb.php/375-40e7ee5d

トラックバック

コメント

[C251]

戦意を高揚させる効果はおっしゃる通り絶大なものがあったと思います。
テレビでああ繰り返し繰り返し見せられたら、たいていの人はビンラディンけしからん、アルカイダ、タリバーンけしからん、となるでしょうね。
そういや、某有名掲示板では911直後、「アフガンに核爆弾を落としてアフガン人全員殺してしまえ」といった過激な書き込みすらあったのを覚えています。
その一方であのテロによりアメリカという国に決定的なダメージを与えたかという全然そんなわけはなかったですからね。3年たっても事件の真相は全然解明されず、グアンタナモに「テロリストたち」はいつまでも収監されっぱなしですよね。怪しい目、疑いの目でアメリカ上層部を見るのは当然のことだと思います。
  • 2004-09-13 01:26
  • tagosaku
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

ちょうど3年前・続き

そのとき実は台湾の南部の都市、台南にいました。
翌11日、台南市街を観光し、夜ネット屋で日本のニュースをチェックしていたとき、同時多発テロのニュースを知りました。

午後8時(日本時間の9時)頃だったと思います。あまりに突飛なニュースに、なんだこれ、と事の大きさがよく把握できませんでした。そのときは事故ではないかと思いました。
だけど二機目が激突したとき、これは偶発的な事故ではない、と確信しました。しかしあいかわらず状況はよくわかりませんでした。
事のあまりの大きさに混乱し、なんだか興奮していました。

続報をチェックすることに躍起になり、その日結局日付がかわるまでネット屋にいました。二つ目のビルが崩落したのを確認したところで宿に戻りました。

宿に帰ってベッドに寝っ転がり、しばしクールダウンしたところで、天井を見つめながら僕は思いました。
事故の犠牲者は大変な数に上るだろう。痛ましいことだ、と。
その一方で、昨日アメリカについて考えたことは過去の出来事になるかも知れないな、という期待の気持ちも持ちました。

英語に関してはこれからも共通語なのだろうけど、アメリカ人の思い上がりはこの事件を機に矯正されていくかもしれないな、と。

ところが、その後の動きは期待とはまったく逆の方向へと進んでいきました。
ショックにより思い上がりを矯正するのではなく、逆にその怒りを暴力へと転化させていったわけです。

あのテロの直後だったと思いますが、テロとの戦いとかいう言葉が叫ばれ始めました。

ですが実際にはテロという神出鬼没のものに正規の軍隊で対抗していくことは無理なように思われました。だが先制攻撃という流れはもうとめられなくなっていました。

その流れが決定的になったとき、僕は策略の匂いを感じました。そもそも犯行声明もなにもないのに犯人を決めつけてしまったこと、まるで用意でもしてあったようにコーランなど証拠物件が見つかっていくことに首をかしげていました。

策略の匂いについてですが、これは関東軍が自作自演で鉄道を爆破した柳条湖事件とそれを理由に満州全土を侵攻していった満州事変、その一連の流れと同じ匂いです。策略でないとしても、真珠湾攻撃同様にアメリカは知っていて防がずに攻撃させたのじゃないかと。

で、そのうち、テロを武力で防ぐことなんて最初から考えておらず、アメリカは侵略のきっかけが欲しかっただけなんじゃないかと思うようになりました。

そしてアフガニスタンへの侵攻が当然のように行われ、同時多発テロから2ヵ月立たずにアフガンを制圧しました。制圧はタリバーンと対峙していた北部同盟が利用されました。彼らはタリバーンがアフガンを統治する前にアフガンで政権を担っていたのですが、身勝手なひどい政治に内戦が激化してしまったのです。

僕はタリバーン時代のアフガンに行ったことがあります。それはそれは貧しい国でした。電気などあるはずもなく、食うや食わずの生活をしていました。長年の内戦で核爆弾を落とされたあとの広島のような廃墟が延々と続いていました。そんな彼らのことが僕の脳裏に浮かびました。アメリカが攻撃することは、弱り目にたたり目だ、と思いました。また庶民が犠牲になっていくのだろうと思うとやりきれませんでした。

彼らはタリバーンの圧政について、窮屈だけど平和にしてくれて良かった、ということを言ってました。タリバーンが全土を平定することでアフガンにもある程度の平和が訪れていたのです。

確かにタリバーン政権下での窮屈さから人々は逃れられるでしょう。ですがやっと手にした平和を外国によって破壊される理由はどこにあるのでしょうか。そんな風に思いました。

現在、ビンラディンはまだ捕まっていません。アルカイダは弱体化したかも知れませんが、いたるところで武力を行使したために罪のない人までがアメリカにやられてしまったわけで、アメリカに憎しみを抱くものを増やす結果となってしまったように思います。

残念ながらテロの脅威が続いているのは周知の事実ですね。
最近ではカタール在住のムスリム全体に影響力を持つイスラム法学者が、こんな発言をしています。

「米国民への攻撃はイスラム教徒の義務だ」

アメリカ人への怒りは一部の人たちのものではなくてイスラム社会全体に広がりつつあるように感じます。(もちろん彼らにはアメリカに対する強いあこがれもあるんですが)

一方で無邪気なアメリカ人たちは自分たちが狙われる原因を理解していません。

「こんなに世界のために尽くしているのになんで私たちが狙われるんだ」

アメリカ人は戦前の日本史でも勉強するべきかもしれません。

AUTHOR: 古橋のぶゆき DATE: 09/11/2004 18:22:41 長文読ませていただきました。
70年代に終結したベトナム戦争時代を知ってますでしょうか?
ベトナムの領地を巡り米ソの「対決」があってソ連が「勝った」。
高校の世界史習ってなかったのでそれだけしか印象がないんですけれど、
このときどうして意識改革をしなかったでしょうかね?
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://nishimuta62.blog114.fc2.com/tb.php/375-40e7ee5d

トラックバック

コメント

[C251]

戦意を高揚させる効果はおっしゃる通り絶大なものがあったと思います。
テレビでああ繰り返し繰り返し見せられたら、たいていの人はビンラディンけしからん、アルカイダ、タリバーンけしからん、となるでしょうね。
そういや、某有名掲示板では911直後、「アフガンに核爆弾を落としてアフガン人全員殺してしまえ」といった過激な書き込みすらあったのを覚えています。
その一方であのテロによりアメリカという国に決定的なダメージを与えたかという全然そんなわけはなかったですからね。3年たっても事件の真相は全然解明されず、グアンタナモに「テロリストたち」はいつまでも収監されっぱなしですよね。怪しい目、疑いの目でアメリカ上層部を見るのは当然のことだと思います。
  • 2004-09-13 01:26
  • tagosaku
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
****************
近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

Twitter

 

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。