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酋長になったプロ野球選手、逝去

拙著『写真で読む 僕の見た「大日本帝国」』のP189でミクロネシアで成功した日系人名士たちを紹介しました。その一人がチューク諸島でスーパーマーケットを営み、地域では屈指の経済人として知られる相沢進さんです。彼は36人いるチューク諸島酋長の酋長会議議長を務めていたそうです。パラオでもそうですがミクロネシアでは酋長の影響力は絶大です。チューク州のトップ政治家なんかよりも酋長のトップである相沢さんの方が力を持っているはずです。

彼のスーパーはチューク諸島の現在の主島、モエン島(かつての春島)で見たことがあります。SUSUMU STOREという名前だったと思います。チュークの人々はとても親日的だったのですが、彼の活躍も一役買っていたように思います。

1930年(1932年の説もあり)、相沢進は南洋群島トラック諸島水曜島(ミクロネシア連邦チューク諸島トール島)に生まれました。母は水曜島の酋長の娘・リサで、父は同島に移住した日本人・相沢庄太郎です。

父は日本人、母は現地人というカップルは存在しましたが逆はありません。日本人はミクロネシアで統治者として社会的に優位にいましたから、日本人女性に現地人が手を出すということはタブーだったのです。



太平洋戦争の結果、一家は引き裂かれます。
父、庄太郎とともに彼は日本に「引き揚げ」ます。ハーフの日系人は父親だけ帰国、母親の元で育てられる、という例が一般的で、彼のような例はあまり例がなかったように思います。
そして高校卒業後、プロ野球選手になりました。

毎日オリオンズという千葉ロッテの前身となるチームの創立に参加。1950年のことです。その後、高橋ユニオンズ(1955年の名称はトンボ)に移籍。実働、4年、通算成績・93試合、8勝17敗、284回2/3、防御率4.20。

その後彼は母の住むトール島に戻り、酋長となりました。彼の母はチュークの酋長の娘、彼自身チューク生まれなので自然な成り行きだったのかもしれません。

そんな相沢さんが急逝されました。
4月に来日し、始球式こちらも)をしてからまだ一ヵ月です。杖をついてグラウンドにつき、マウンドから5歩ほど前に出て投げましたが、ワンバウンドになりました。糖尿病などで身体を悪くし、ホームから中堅フェンスまで届いたという強肩、技巧派の中継ぎとして活躍した現役当時の面影はまったくなくなっていました。

始球式を終え、何かホッとしたとか、肩の荷がおりたとか、そうしたことがあったのかもしれません。一度お会いしてお話を聞いてみたいと思っていたのですが。今後も日本とミクロネシアの架け橋として活躍を期待していただけに残念です。

安らかにお眠り下さい。

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ところで、酋長という言い方、対応はまちまちですね。
毎日新聞ロッテオフィシャルHPは「酋長(しゅうちょう)」、産経スポニチは「集落の長」です。文字変換用にATOKを使っています。そこに共同通信社ハンドブックを追加しているのですが、酋長と書き返還すると《記:注意 不快用語等》と警告が出ます。

台湾の原住民同様、現地の人たちがそう呼んでいるのだから、「インディアン(これも今はまずいですか?)の酋長」という使い方と一緒くたにするのはどうかと個人的には思います。


写真は新迷怪野球事典、ロッテオフィシャルHPより。


AUTHOR: 片岡元雄 DATE: 05/24/2006 23:10:24 相沢進さんのことは、「週刊ベースボール」5月1日号の記事で詳しく知りました。
貴著の記載は読み飛ばしてました(苦笑)
記事によると「旅チャンネル」で相沢さんを取材した『甦る記憶・酋長となった野球選手を訪ねて』という番組が放送中です。
最終の第4回は、今週の土曜日5月27日です。
1~3回の分も随時再放送中だとか。
私の家はBSもCSもないので見られませんが。
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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
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近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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