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[C730]

返事が遅れてしまいました。
韓国にいます。取材中です。
TC1ですか。ヘキサーを持っていなかったら、
買っていたかもしれません。
涙を流したというのに薄情ですが、
今回デジのみです。
  • 2006-06-17 02:58
  • tagosaku
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[C729]

初めまして、Sugiです。
言葉に力を感じました。
名機と呼ばれる機械は、使い込むほど味が出てくるような気がします。まして、命を共にしたカメラはもはや戦友のような存在だったのでしょう。
僕にもそこまではいかないまでも、絶対的に信頼を寄せているカメラがあります。もう今はなきMINOLTAのTC1です。最近では小型のデジカメを使う方が多いですが、やはり、旅のここぞという場面はこのカメラでなくてはと思っています。
世の中新しいものがたくさん出てきていますが、信頼のおける機械はこれからも大切にしていきたいですね。
では。

[C728]

初めまして、Sugiです。
言葉に力を感じました。
名機と呼ばれる機械は、使い込むほど味が出てくるような気がします。まして、命を共にしたカメラはもはや戦友のような存在だったのでしょう。
僕にもそこまではいかないまでも、絶対的に信頼を寄せているカメラがあります。もう今はなきMINOLTAのTC1です。最近では小型のデジカメを使う方が多いですが、やはり、旅のここぞという場面はこのカメラでなくてはと思っています。
世の中新しいものがたくさん出てきていますが、信頼のおける機械はこれからも大切にしていきたいですね。
では。

[C727]

rumi様
ありがとう。
rumiさんは生活を変えるに当たっていろいろ処分された経験はありますか?
  • 2006-06-06 14:52
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使い続けた物にまつわる記憶 その3

そして翌日、再びフジヤカメラにやってきた、前日売らなかった別の機材を持ってきた。往年の名メーカー、コニカによる名機種ヘキサー。もう一つは4年前に買ったコンパクトのデジカメ。パナソニックのルミックス。

どちらも使いに使い込んだ。

ヘキサーは僕が駆け出しだった10年ぐらい前に手に入れた。当時しごいてくれた先輩カメラマンに勧められて買ったものだ。当時5万円ほどで買ったと思う。多く見積もっても10万円はしなかった。コンパクトカメラの割には無骨で大きい。シャッター音は小さく、レンズはF2.0と明るい。最初は中途半端な大きさにどう使って良いのか不安に感じていたが、場数を踏むごとにどんどん手になじんでいった。広角だけでどうフレーミングするのかをこのカメラで学んだ。

デジカメは2002年に手に入れた物。大日本帝国の取材の後半で使い込み、『写真で読む~』に掲載されている写真の何割かはそのカメラで撮影した物だ。2万円もしなかったとてもチープなカメラでポケットティッシュ並の大きさしかない。電池の持ちが異常に悪く難儀したが買い換えるお金がなく、結局大日本帝国の旅の本編が終了した2003年3月まで、短期間だったがいつも首から下げて使い倒した。

ヘキサーは傷だらけ。黒いボディ、ストラップをつける部分は塗装がはげぴかぴかしているし、角は落下のため、一部が陥没している。買ったとき持っていた小さなストロボは2000年初春、冬の北海道をバイクで旅していたとき、落として紛失したままだ。またデジカメは底面のシールが周り内側が半分ぐらい剥げているし、プラスチックのボディはやはり傷だらけだ。

上記の通り、これらのカメラには思い出がこもっている。だけどFM2ほどではない。それにもうほとんど使うこともない。売ることに抵抗がないわけではなかったが、処分したいという気持ちが勝っているように思えた。もう元は十分にとれた。残念だけど用済みだ。そうして僕は売るのを決心したのだ。

ところが、これらを査定してもらい、買い取り額一万円を受け取ると不覚にも目頭が熱くなった。僕はカメラに対しての自分の思い入れの強さに驚いてしまった。

「カメラもこれだけ使い込めば本望ですよ」
眼鏡をかけた、市役所の事務員風の女性店員が言う。
「名残惜しくて涙出そうです」
そう言い残し、僕は逃げるようにして店の階段を下りた。店を離れ、バイクを走らせた途端、ジワッと涙が浮かんだ。すぐにとまらなくなり、しゃくり上げた。そのとき道路がかすんで見えた。

10年ほど前、先輩カメラマンが写真、僕は文章という組み合わせで一緒に取材に出かけたとき、彼だけが先に帰り、急遽僕一人で写真を撮ることになった。そのときの不安な気持ちを思い出した。
遺書を書いて旅立ったアフガニスタンではヘキサーがメイン機種だった。FM2はあまり使わなかったのだ。当時は人間や動物の顔の入った写真やイラストは禁止されていた。また写真撮影も「撮ったことがわかれば死ぬまでむち打つ」と言われるほど厳しく制限されていた。僕はヘキサーを隠し、こっそり撮影を続けていた。だが撮影の現場をタリバーンに目撃されてしまう。ターバンを巻いたタリバーンの男に中国製の自転車で追いかけられ、肝を冷やした。
カブールからパキスタンへ抜けるときの道中、アルカイダの根拠地がほど近いソルビという名の集落にさしかかったとき、道路に検問が設けられていて、荷物チェックのため、乗ってきた乗り合いワゴンから全員下ろされ、車内を徹底的に調べられた。その結果、隠していたカメラ入りのバッグを発見されてしまった。
タリバーンに拘束されたときも守りきってきたカメラやフィルムだったが、万事休すだ。拘留され鞭打たれるかもしれない。そうでなくても、機材やフィルムはたぶん駄目だろう。不安のどん底に突き落とされた。と同時に、「このフィルムとカメラは絶対わたさんぞ」と強く思った。
2000年の真冬の北海道。会いに行った女の子の連れない態度にやけくそになり、バイクで走っていたときの気持ちも浮かんだ。

死ぬ間際ほどではないだろうが、カメラにまつわるいろんな思い出が浮かんだ。このカメラを使うことで、不安や恐怖の気持ちが紛れたり、やけくその悲しみが前進する勇気に変わった。そんなカメラだからこそ、死ぬ気で守ろうとした、そんなこともあった。

そうした気持ちはFM2のほうが強いのは間違いないはずだが、ヘキサーも負けず劣らず思いがこもっているのだ。思えば、僕が大変だった時期をことごとくともにしている。ずいぶんとお世話になったのだ。僕の記憶はお金ではかえられない。人間は変わっていくことも大事だけど、覚えていること、記憶を残していることも大事だ。記憶こそは生きてきた証なのだ。そのことを強く自覚した。

1キロほどだろうか。中野通りを南下して青梅街道の手前にさしかかったとき、対向車線に車が来ていないことを確認してUターンした。目は真っ赤になっていた。だけど僕はかまわず店に駆け込み、店の人に払ったお金を戻して、それら二台のカメラを取り戻した。なお、マニュアル専用機用のモータードライブはほとんど使っていなかったので取り返そうという気は起こらなかった。

今後、これら二台のカメラをそんなに頻繁には使うことはないだろう。だけど、僕の存在価値を確認したいとき、記憶のひだをたぐり寄せたいとき、ケースから出して眺めたり、シャッターを押したい。散歩のときなど首から下げてたまには使ってみたい。そうした時間を大事にしたいと思う。

AUTHOR: pipin DATE: 06/03/2006 00:13:23 コメントはここでいいんでしょうかw
FireFoxだからかな、ずいぶん崩れちゃってます

やっぱり使い込むと愛着が湧くんですねえ
「思い出の一部に、目の前の形として在る。」
というのは私は実感としてまだ持ったことがないです
また思いで作ればいいや、と薄情なものです(^-^;
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韓国にいます。取材中です。
TC1ですか。ヘキサーを持っていなかったら、
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涙を流したというのに薄情ですが、
今回デジのみです。
  • 2006-06-17 02:58
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初めまして、Sugiです。
言葉に力を感じました。
名機と呼ばれる機械は、使い込むほど味が出てくるような気がします。まして、命を共にしたカメラはもはや戦友のような存在だったのでしょう。
僕にもそこまではいかないまでも、絶対的に信頼を寄せているカメラがあります。もう今はなきMINOLTAのTC1です。最近では小型のデジカメを使う方が多いですが、やはり、旅のここぞという場面はこのカメラでなくてはと思っています。
世の中新しいものがたくさん出てきていますが、信頼のおける機械はこれからも大切にしていきたいですね。
では。

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初めまして、Sugiです。
言葉に力を感じました。
名機と呼ばれる機械は、使い込むほど味が出てくるような気がします。まして、命を共にしたカメラはもはや戦友のような存在だったのでしょう。
僕にもそこまではいかないまでも、絶対的に信頼を寄せているカメラがあります。もう今はなきMINOLTAのTC1です。最近では小型のデジカメを使う方が多いですが、やはり、旅のここぞという場面はこのカメラでなくてはと思っています。
世の中新しいものがたくさん出てきていますが、信頼のおける機械はこれからも大切にしていきたいですね。
では。

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rumi様
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  • 2006-06-06 14:52
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プロフィール

PEREZVON(ペレズヴォン)

Author:PEREZVON(ペレズヴォン)
西牟田靖(ニシムタ・ヤスシ)
1970年大阪府生まれ。神戸学院大学法学部卒業後、フリーライターになる。近年は旅・現場・実感にこだわるノンフィクション作品を発表し続けている。著書に『僕の見た「大日本帝国」』(2005)、『誰も国境を知らない』(2008)など。NPS(Nikon Professional Services)会員。
****************
近年、ノンフィクションライターと見なされることの多い西牟田靖のブログ。手間をいとわず、自分の好奇心に忠実な仕事をしていきます。

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